5話からなる短編連作というスタイルを取るのだけど、江之子島文化芸術センターという建物全体を使い、さらには周辺の散策まで含めて複数の空間を回遊しながら完結する2時間の作品。しかも、観客は4つのコースに割り振られて、20人ずつくらいがそれぞれ別々の場所に誘導される。最後に初めて一緒になる。
僕が見たのは1話目が「ある男の部屋」。4階の窓の外にナビゲーター(加藤智之)が行き、そこから彼に誘われて外の風景を見ることで始まる。冒頭のエピソードは本棚の男の話だ。建物が浸水して本棚の下には降りられなくなる。終わらない本を読み続ける。そんな象徴的なエピソードから始まった。
2話目はこの町の歴史を語るエピソード。外に出て町歩きをした後、エレベーターホール前でのエピソードと続く。230階の高層マンションからゴミ袋を抱えて降りてくる女の話。ここまでの町歩きを含む4つのエピソードが紡ぎ出す世界は、ここなのに、ここではないどこかの物語。
ここは大阪なのに大阪ではなく、幻の町。そこは水の底に沈んだ町。記憶の町をたどる旅。現実の風景がそのまま幻の風景になる。5つのスケッチは断片でしかない。ストーリーを紡がない。ひとつひとつの点描がつながらない。(しかも全コースは6つのエピソードが用意されているから必ず見れない話が残るように設定されている。)
4人のナビゲーターによる4パターンの芝居が同時進行してラストでひとつになる。観客は入場時に4分割されそれぞれ別の場所に誘導される。3つのエピソードと外に飛び出しての町歩き。順番が違うだけで同じ話が別々のナビゲーターの元で展開している。
3話目の町歩きでは、渡されたラジオから流れる言葉を聞きながら歩くことになる。そこからは目の前の風景の説明のようで、でもそれとは微妙に異なる言葉が流れてくる。言葉と風景のすれ違い。リンクしそうで、しないラジオの声に導かれて、何でもない風景が不思議な空間へと変貌する。木津川を渡り川口を歩くセンター周辺の20分ほどの散策。ここは水の底に沈んだ町、これはかっての風景なのか現実の町が幻の町と重なり合いすれ違う。幻視する。全貌は見えないし、そんなものはない。
やがて最後の部屋へと導かれる。最後の家族の食卓を描くエピソードで4人のナビゲーターと初めて遭遇する。この町はかって海の底だった。死んでしまった父親を待つ4人の兄弟たち。旅から帰着する我々を受け入れる彼らのかつて住んでいた家。そこで再会した兄弟が父親の思い出を語る。2時間の旅が終わるとき、何とも言いがたい満たされた気分にさせられる。神話の底に沈む記憶に触れた気分になる。