夢中で読んでしまった。水墨画を題材にした小説なんて(おもしろいのか?)、と思いつつ読みだしたら止まらない。「漫画化決定!」と帯にはあったがこれはマンガが喜びそうなお話だ。ただ、現役の水墨画家でもある作者はこれを安易なお話にはしない。知らない世界を教えてくれるだけでなく、普遍的な問題もちゃんと描いてくれるからエンタメではなく人生の真実にも迫る作品になっている。でも、まずは文句なしに面白い。
誰でもない自分が才能を見出され、何者かになっていく過程を、ライバルとなる美少女とか、大学の友人、その道の大家たちとのやりとりを通して見せていく表面的にはよくあるビルドゥングスロマンなのだが、両親を事故で亡くしてから死んだように生きてきた青年が受け身で、水墨画と関わるなかで、自分とは何なのかに目覚めていく。心を閉ざしていた彼を包み込む優しいけど、厳しい人たちとの出会い。こんなふうに書いてしまうとなんだかありきたりなものにしか、見えなくなるのだけど、そうじゃないんだ。
このゆっくりとしたテンポが(でも、1年間ほどの短い時間のお話なのに)心地よい。話はなかなか進まないのだけど、そこがリアルでいい。(でも、この天才は1年で頂点を極めてしまうんだけど)
エンタメの要素を十分に満たしているのに、ありきたりにはならないのは、これが水墨画という未知の領域をとても丁寧に見せてくれる小説でもあるからだ。