30歳。身寄りのない男。高校生の時に母親に捨てられ、知り合いの家や建設現場を転々とし、詐欺で2年間の刑務所暮らしの後、出所した。もう誰ともかかわらずに生きていくことにした。もちろんなかなか職は見つからない。人生60年と計算して、(100年時代と言われているのに)まだ後30年、残り半分もある。それだけの時間をこの先まだ生きなくてはならない。
なんとか、仕事をみつける。イカを捌く工場、単純労働のくりかえし。でも、何も考えなくていいからそれでいいし、それがいい。川べりにある築50年の老朽化したアパートで、なんとか暮らし始める。そこで自分と同じように、底辺で生きる人たちと出会う。
よくあるハートウォーミングになりそうなお話なのだが、ギリギリでそうはならない。これが甘い小説と一線を画するのは、彼の抱える傷みとちゃんと向き合うからだ。生きていくことの痛みが身に沁みる。人はひとりでは生きられない。生きていけない。誰かがいるから生きていこうと思える。たとえ無意識であろうとも支えてくれる人がいることって大きい。それが隣人となるあの島田のような奴であったとしても。
とても優しい小説だ。読みながらざわざわしていた心が静かになる。ずっとこのままいたいと思うけど、小説にはやがて終わりが訪れる。こんなふうにして、「もう少し皆と土手の上を歩いていたい」というラスト1行が胸に沁みる。