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映画・演劇のレビュー

『ふたたび swing me again』

2010-12-08 09:29:59 | 映画
 とてもわかりやすい構造のドラマなのだが、見事にツボにはまって泣かされてしまった。ハンセン病に罹り50年間隔離され療養所で暮らしてきた男が退院して、現実の世界に戻ってくる。失われた人生を取り戻すことはもう不可能だ。しかし、これからの人生を家族と共に幸福に過ごすことは出来る。だが、彼は頑なに拒否する。息子の家に行き、彼の家族と共に穏やかに暮らす。人生の最後を「可哀想なおじいちゃん」として、生きる。そんなことのために生きてきたのではない。ミュージシャンとして生きれたかどうかはわからないが、でも、自分のやりたいことをして、1度しかない人生を自分らしく生き抜きたかった。それは当然の権利として誰もに与えられたものだろう。でも、彼にはそれは叶わなかった。だからこそ、今、最後に好きなことが出来ることになった時、何をするのか、彼なりに考えたはずだ。でも、答えは出ない。そんな簡単なものではない。50年間苦しみ抜いて生きてきた。その間のことは一切描かれない。賢明な判断である。大事なことは、今だ。監督は塩谷俊。オーソドックスだが、真摯な作り方をする。とても上手い。

 かつてのバンドのメンバーたちを訪れる旅が描かれる。同行するのは大学生の孫だ。ハンセン病への差別や偏見は今も残る。その事実を突きつけることがこの映画の目的ではない。これは失われた50年を、人生の最期でもう一度取り戻すために、今やれることを求める旅だ。自分にとっての決着をつけるためだ。もう一度バンドを組んで、演奏をするなんてことは考えもしなかったはずだ。神戸のジャズバー、ソネのステージに立つという夢はその直前まで行きながら、発病によりかなわなかった。その夢のリベンジを求めたのではない。ただ、会いたかった。会って帰ってきたよと伝えたかった。それだけである。ボケ老人になっていたベーシスト(犬塚弘)は彼との再会によって正気を取り戻すなんてのは安易すぎるかもしれない。しかし、こういう夢を見させてあげてもいい。4人の仲間が再会し、もう一度集まり、再びセッションをするという展開はみんなの善意に支えられた夢のお話でしかないだろう。でも、映画はそんな心地よい夢を観客に与えることで成立する。当然のことだが、主演の財津一郎がすばらしい。


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