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映画・演劇のレビュー

柚木麻子『らんたん』

2021-12-04 09:20:40 | その他

この2日間、ほぼずっと家でこの小説を読んで過ごした。500ページに及ぶ長編であることもその理由としてあるのだけど、この大河ドラマの中で描かれるふたりの女性の姿に魅せられて、彼女たちのたどる明治、大正、昭和をともに生きる気分を共有したかったから、ほかのことはもうどうでもいい、と思ったのだ。だから、ゆっくり時間をかけて読むことにした。

おもしろすぎてページを繰る手を止められないのではない。すごいスピードで流れるように描かれていく時代から振り落とされそうになりながら、彼女たちの人生を追体験する喜びをじっくりと噛みしめたいと思った。あせらずしっかり読もうと心掛けた。午前中2時間。午後2時間、夜3時間くらいのペースで二日間かかった。3日目の今日の朝の1時間で読了した。読書を通して約80年(75歳で没した)に及ぶ河合道さんの生涯を追随した。もちろんそれはゆりさんとの二人三脚だ。表面にはあまり出てこないけど、ゆりの夫であり、ふたりを陰ながら支えた一色乕児もいる。

女子に対する学校教育の必要性を感じ、そのためだけに人生を捧げたひとりの女性の生涯を短いエピソードの積み重ねとして描いていった。クロニクルのスタイルで、さまざまな人たちとの交流を描き、彼女が自分の夢を実現させていく過程をドラマチックに描いていく。綺羅星のごとき有名人たちが彼女の周りにはひしめき合い、そんな人たちとのかかわりの中、戦中、戦後の混乱期に自分の学校を(自分の理想)を守るために戦い続けた日々が綴られる。

冒頭に描かれるゆりの結婚のエピソードが、どう展開していくのか気になったのに、なかなかその話が始まらないから、驚いた。だが、それはプロローグでしかなく、そこから河井道という主人公のお話へとつながるのだと、しばらく読んでいて気づく。道、ゆり、乕児の3人のお話かと思わせるようなミスリードを冒頭でさせたのはなぜか。乕児目線から始まり、ゆりの目線に移り、道のドラマが始まる。(ゆりと乕児の結婚後のお話が描かれるのはなんと200ページを過ぎてからではなかったか)

回り道ばかりする前半、それはこの物語の主人公である道の人生を象徴する。お話は一気に遡り、道がこれまでどう生きてきたのかを描くことになる。実に早いペースでテンポよくお話は進む。だけど、なんだか調子がよさ過ぎて、だんだんお話は単調になる。何が描きたいのか、よくわからなくなり迷走もする。盛り込みすぎて何が何だか状態になり、有名人が顔見世程度にたくさん出てくるオールスターキャストによる大河ドラマになる。主人公であるふたりの内面のドラマは年代記の中に埋もれてしまっている。

ということで途中、中だるみもするけど、2部の後半戦からはようやくポイントが定まってくる。自分の学校を作る覚悟をした道の話へと焦点が絞られるとともに彼女がどう生きたのかが明確になる。75年の人生を一瞬だって無駄にすることなく生きた女性の生涯をできるだけ丁寧に記録していこうとした柚木麻子の姿勢に共感する。物語として自分に引き寄せるのではなく、主人公に寄り添い、彼女を見つめていく。あこがれを抱いて、作者は伴走する。

戦時中、戦後のエピソードはこの長いお話全体からすると、ある意味エピローグになるのだが、そこが俄然面白い。ただ、戦時中の部分は読みながらあまりに辛すぎて早く戦争が終わって欲しいと思う。戦後、自由な時代がやってきて、今までの抑圧されてきたものを吹き飛ばすように精力的に活動を続ける部分は読んでいて気持ちがいい。ようやくここまできたのか、と思う。

こんな人がいたのか、という驚きがある。彼女の生き方に対しては尊敬させられるけど、恵まれた人生だな、という気もしないではない。こんなうまく生きれたらいいけど、ふつうなかなかそうはいかない。運がよかったのだ、とも思う。ただ、羨ましいというのとは違う。だって、よくぞまぁ、これだけの努力を続けられたものだという驚きのほうが大きい。僕たち凡人には不可能だ。

膨大な資料とも格闘しこの小説を書き上げた柚木麻子は、偉人伝としての伝記ものでもなく、読み物としての面白さだけでもなく、ある生き方をそこに提示する。時代を生きたひとりの女性の人生の軌跡をたどる。もしかしたら、これは名もないひとりの人間のドラマであってもいい、と思ったのではないか。誰の中にも人生がある。80年ほどの時間を生き抜いたことをここに記録しておく、それだけのことなのかもしれない。


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