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映画・演劇のレビュー

『彼女』

2021-04-18 08:22:32 | 映画

2時間22分の長尺映画である。ドキドキしながら一気に見た。部屋を暗くして劇場仕様に近づけ、集中した。だって待ちに待った廣木隆一監督の最新作なのだ。ほんとに出来たてほやほやの作品が公開初日に自宅で見ることができるって凄いことだ。Netflixのお陰である。配信初日さっそく見た。ほんとうなら劇場で見たかったけど、まだ、劇所公開は未定で待ちきれない。というか、新作映画が劇場ではなく自宅で先行公開されるという、この現実がなかなか受け入れられない。喜んでいいのか悲しむべきか。そんなこんなの中で、まずこの映画である。まず、これだけは言っておこう。凄くよかった。

主人公が女二人ということ以外にはまるで内容を知らない状態で真っ白で見たから、衝撃的だった。冒頭の長回し、どこまで続くのか、何が起きるのか。見ているうちにだんだん彼女の緊張が伝わってくる。

だが、それが何なのかはまるでわからない。そして出会った男とタクシーに乗り、彼の自宅へと行く。そこからいきなり強烈なベッドシーンになる。さらには、いきなりその男を殺す。これはサイコパスのお話だったのか、と気付く。だけど、実はそうではないことも、すぐに判明する。タイトルの『彼女』という文字が出るまでたぶん20分くらいだろう。(実は後で調べたら18分だった)主人公の2人が車に乗り、旅立つ。これは『テルマ&ルイーズ』を思わせる女同士のロードムービーなのだ。

ファーストシークエンスからラストまで一気だ。全力で駆け抜ける。しかもこれだけの長さである。高校時代のふたりの出逢いから、最初の別れ、10年後のいきなりの電話。翌日の殺人。そして始まる短い旅。地獄に向かって一直線だ。凄いテンポで突き進んでいく。未来のない旅。やがて屋根を開いて車をオープンカーにして走り出す。暗い話のはずなのに、不思議と明るい。そこも『テルマ&ルイーズ』と似ている。だけど、これはファンタジーではない。実にリアルだ。だから、怖い。これで人生は終わるのだ。誰が見てもこれは地獄への旅なのに、ふたりにとってはそれがイコールで最高に幸福な旅となる。海辺の小屋で初めて結ばれる終幕(もちろんそこは映画のクライマックスだ! すばらしいラブシーンで震える)のエピソードまで映画は立ち止まることはない。だが、そこで終わらない。ラストでは死なない。この先の未来をしっかりと見据える、見事なエンディングだった。

10年ぶりで再会する。彼女からの連絡を受けた時、衝動的にすべてを棄てて、駆け付けた。今あるささやかで穏やかな幸福を一瞬で投げ出してしまった。悩んでいる暇もない。助けなくては、と思ったのでもない。自分の心のままに駆け出してしまった。

夫からのDVで心身ともに傷ついた七恵(さとうほなみ)のSOSを受けて、レイ(水原希子)は七恵の夫を殺す。この冒頭のエピソードは理由を聞いた後でもやはり衝撃的で、何の説明もないままいきなりだったから極端すぎて、「それはないわ」と思ってしまうが、その後の本編に入ってふたりの関係が少しずつ明らかになるにつれて、これがどれだけの意味を持つのかがわかってきて、やがて納得さえさせられることになる。

高校時代好きだった初恋の人。大金持ちのお嬢さんと貧しい家庭の娘。万引きを助けたことから始まる二人の交流。2万、500万とお金が介する関係。彼女を助けるためお金を渡す。そのことで別れることにもなる。恋愛映画で、それが女同士のもので、お金を介するって、なんだか、なのだけど、そこから一気に殺人にまで至る。この極端がこの映画のトリガーだ。

人を殺してもいいと思えるほどの強い感情があなたにはあるか、と問われている。自分のこれからの人生のすべてを棄ててもいいくらいに人を愛することができるのか。ラストでふたりが結ばれるシーンの美しさ。未来はなくてもこの瞬間。すべてを犠牲にしてでも大切にしたいと思えること。とても大切なものがそこにはあり、それを信じて、そのためになら、すべてを失ってもかまわない。これはそんな映画だ。

 

 

 


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