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映画・演劇のレビュー

『恋人』

2021-03-03 20:57:27 | 映画

映画は映画館で見たい。できるだけ情報を入れずに新作を見たい。同時代を生きる気分を共有できるからだ。でも、現実は厳しい。というか、昔はなかなか映画を見ることが出来なかったから、見ることがかなわない映画について憧れ、空想を巡らし、知らない間にいろんな情報を仕入れてしまい、、、なんてことをしていた。だけど、今はあまりにたくさんの映画が溢れてしまい、何が何だかわからない。そんな変な時代になってしまった。映画館でも膨大な映画が公開されていて、しかも知らない間に上映は終わるから、気をつけなくては見たかった映画が見られない。しかも配信で(ネットフリックスや、アマゾン、フールとかね)タイトルをチェックするだけで、手一杯になるほどの映画が溢れている。時代は変わった。だから、もうついていけない。あれもこれもと欲張らず目の前の映画を見る。

今から70年前の映画がネットフリックスで公開されていた。たまたま発見して、見ることにした。市川崑監督の1951年作品『恋人』。こんな映画があるなんて知らなかった。凄い映画だった。

市川崑作品は大好きだ。75年の『吾輩は猫である』から最期の自ら再映画化した『犬神家の一族』まで。ずっとリアルタイムで全作品を見ている。もちろん、意識して彼の映画を見始めたのはご多分に漏れず角川映画『犬神家の一族』からだ。あの映画との出会いは衝撃的だった。高校生の頃、一番映画が好きだった頃のことだ。と、こんな話がしたいのではない。

今日何の情報も入れずに『恋人』を見て、衝撃を受けた話だ。こんなにもモダンで新鮮な映画はない。たった72分の作品だし、台詞も聞き取りにくいし、スマホサイズでの鑑賞なのに、夢中になった。結婚前日のある女性の1日が描かれる。幼なじみの男性と最後の1日を過ごす。それだけのお話だ。実はふたりはお互いに好意を寄せていた。だけど、彼女はお見合いをして明日結婚していく。でも、今日は朝からデートだ。悲壮なデートではない。なんだかとてもふつうで楽しそうだ。明日結婚する女性が別の男と1日を過ごすなんてなんだか大丈夫か、と心配になるけど、彼女はどこ吹く風って感じで屈託なく楽しそう。

えっ!そんなのありなんですか? 昭和26年なんですけど、と僕たちが心配する。しかも、彼女はあばずれ女(失礼!)ではなく、立派なお金持ちのお嬢さんなんですけど。常識はずれにも程がある。でも、彼女は屈託ない。二人が銀座で最後の1日を過ごすスケッチが映画のメインとなる。それを爽やかに描いてくれる。まったく悪びれることもなく手をつないで、銀ブラをする若いふたり。幼なじみで兄妹みたいな関係だから? でも、常識の範疇を超えている。さらには、後半、どんどんエスカレートしてあげくは終電を逃してしまうんだけど。見ながらドキドキなんて越えてしまう。ふたりは好き同士で、でも、その気持ちを今まで打ち明けられることなく、彼女は明日他の人のところに嫁いでいく、というよくあるパターンなのだけど、そんな単純なことをこの映画は言葉には一切せず、でも、ふたりの想いが、淡々とした描写の中から、溢れるほど伝わってくる。

 

映画は、結婚式の翌日、彼が彼女の家を訪れるエピソードから始まる。彼女の両親と過ごす時間をゆったり描いた後、主人公は彼から彼女へとバトンタッチされ、2日前の結婚式前日の朝へとシフトする。ラストは終電を逃した後、歩いて家に帰るシーンから一気に冒頭のシーンへと戻ってくる。鮮やかすぎてため息しか出ない。こんなにもおしゃれで、さわやかで、見事な映画には、なかなかお目にかかれないだろう。

 

主人公のふたりとの距離感が素晴らしい。必要以上の干渉はしない。感情移入しないで見守ることがこんなにも心地よく、映画を見ながら、こんなに没入できたのは奇跡だ。40年くらい前に、木下恵介の『お嬢さんに乾杯』やキャロル・リードの『フォロ―・ミー』見た頃の感動を思い出した。あれはまだ僕が20歳前後の頃のことだから、今見たならそれほどの感動はないかも知れない。

 

凄い映画はいろんなところに隠れているのだな、と改めて思った。いつも出会いは「たまたま」である。探していてもみつからないけど、ぼぉっとしていたら、向こうからやってくる。昨日までこんな映画がこの世界にあるなんて知らなかった。大袈裟だけど、人生なんてこんなものか、なんて、ね。   見てよかった。

 


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