まだ若い20歳前後の大学生たちによる作品。3月に公演を予定していたにもかかわらずコロナのせいで延期されていた作品だ。ようやく上演される。うれしい。ウイングカップ参加作品。「餓鬼の断食」は劇団名ではなく作、演出、主演の川村智基のユニット。70分ほどの小さな作品だが、とても個性的で、楽しい。
描かれるのは、6人の男女による小旅行(みたい)。大きな荷物を抱えて、迷いに迷ってようやくたどり着いた宿泊先。そこは旅館やホテルではなく、民泊施設のようだ。ここで今夜彼らは餃子パーティーをするらしい。食材は近所のスーパーへ買い出しに行く、ということだから、ここは結構町中みたいだ。彼らの目的やこの旅行の意味とか、そういうことは一切描かれない。ただただ、ぐだぐだとそこで過ごす彼らのどうでもいいような日常の延長会話が描かれていくばかりだ。この芝居が何を描こうとしたのかなんて、全然見えてこない。そのうち「何か」が見えてくるだろうという期待をあっさりと裏切って、結局何も描かれないまま、終わっていく。餃子パーティーにすら行きつかないし。
ふだんは話せないような彼らの恋バナや悩みとかが語られるのだが、だからどうした、と言われると、どうもしない。大学に入ってまだ間もない子やフリーターをしている子もいる、看護の専門学校に入った女の子の就活が語られたりもする。実年齢の20歳くらいの設定。
何かを描くつもりはない。ではなんでこの芝居を作るのか。わけがわからない。でも、そのわけのわからなさがなんだか不思議な気分で、それはそれで悪くはないな、と思わされる。すべてがタイトル通り、「対岸の火事」。その対岸の火事を「対岸は、火事」とすることで生じる距離感。それが川村さんの描きたかったことなのだろう。仲間であるはずのこの6人の間であろうとも、所詮「対岸」でしかない。だからといって他者を拒絶するのではない。冷めた目で友人を見る。自分すら同じような目で見ているのかもしれない。感情的になるシーンもある。だが、それだってその瞬間だけ。いきなり泣き出したり、つかみ合いの喧嘩になったりもする。(今の時代、僕たちの日常にはそんな光景はもうないのに!)でも、すぐに何もなかったかのように日常に戻る。そんな男女のスケッチが淡々と綴られていく。こんな芝居もありなのだな、と思う。