『ベイビー・ドライバー』で気を吐いたエドガー・ライト監督の最新作だ。あの作品でブレイクした後、満を持して挑む意欲作である。期待は膨らむ。前作であれだけ大暴れしたのだ。そんな彼が今度は何を見せるのか。楽しみでならない。ワクワクして劇場の闇に。
これはロンドンのソーホーを舞台にしたホラータッチの幻想譚である。洋裁学校に入学するために田舎から出てきたひとりの少女が体験する夢とも現実とも言えない出来事。60年代にあこがれる彼女は寮から移ってきた部屋で毎夜のように夢を見る。60年代、彼女と同じようにこの街にやってきて成功を夢見た同じ年頃の女性の体験を自分のこととして同時体験する。
毎夜見る夢が彼女の現実にまで侵食してくる。映画は彼女の夜と昼を交互に描きながら徐々に狂気に至る姿を見せていくのだが、ただのホラーではない。超自然の出来事で、怖がらせる映画ではない。夢にまで見た60年代のロンドン、夜のソーホーをさまよいながら彼女は自分ではないもうひとりの自分を体験していく。男たちの餌食にされ、自分を見失っていく少女をなんとかして助けたいと思う。だけど、自分には何もできない。ただただ見守るだけ。もどかしい。やがて、現実世界でも彼女は今の自分を見失っていく。
ふたりの少女の時間を交錯させていきながら、僕たち観客を混沌とした闇に導いていく。それは目覚めても眠っても同じように続く悪夢の時間だ。お話がおもしろいわけではない。これはただただここにいて彼女が見る世界を同じように体感していくことになる2時間だ。映画としては少し物足りないけど、あえてこういうふうにとりとめのないドラマを見せてのだろう。一応謎解きもあるし、ラストにはちゃんとハッピーエンドを用意してあるけど、見せたかったのはそこではないことは明らかだろう。60年代ロンドンの夜の迷宮に誘うことがこの映画のすべてである。それが満喫できたなら、満足だ。