習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

恩田陸『スプリング』

2024-06-02 09:23:00 | その他

恩田陸、渾身の力作。そしてこれは『蜜蜂と遠雷』に匹敵する大作。今回はバレーダンサーを描く群像劇である。だが、あくまでもこれはひとりの男の物語。

第一章『跳ねる』は主人公の春(HAL)と純(JUN)を中心にして、彼らとその周囲にいるダンサーたちの魂のドラマが綴られていく。春の旅立ちを描くエピソードだ。それをライバルである純の視点から描く。このいきなりクライマックスに驚く。

 続く第二章『芽吹く』は春の叔父、稔の目から見た幼年期からバレエに出会い成長していく姿が描かれる。春という男の出自が丁寧に描かれていく。叔父だけでなく、バレエの師匠つかさとセルゲイからの描写も交えて天才が生まれた秘密に迫る。そして春は15歳で海を渡って、世界と出会う。
 
第三章『湧き出す』は春の幼なじみでバレエダンサーを辞めて作曲家になった七瀬の視点からの春とのコラボ、交流が描かれる。仕事としてのバレエに取り組む春の姿を描く。数々の作品を作り続けるふたりの軌跡を追う。作曲家と振り付け師、ダンサー。一緒に世界を作っていく。カンパニーを引き連れて、新作バレエ、オリジナル全曲作品『アサシン』初日までを描く。戦慄せしめよ。柳田國男の『遠野物語』を引用するラストは、これがバレエの話に収まることなく普遍に通じることを改めて明確にする。
 
そして最後の第四章『春になる』。もちろん春本人が主人公になり、自分の視点から自分を語り見つめる。プリンシパルになった記念公演として日本で『春の祭典』をソロダンスとして踊ることになるラストまでがサラッと描かれる。ようやくここに行き着いたというのではなく、ただの通過点としてそれが描かれる。第四章は核心であるはずなのにまるで消化試合のように描かれているのである。これはHALにとっての結論ではない。通過点でしかないのだ。恩田陸はなんと450ページにも及ぶこの大作を軽いウォーミングアップとして書いてしまうのであった。余裕で凄いものを書く。円熟期に突入した恩田陸、快心の一撃を目撃せよ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『マッドマックス フュリオサ』 | トップ | 金蘭座はらから倶楽部『鈍獣』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。