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映画・演劇のレビュー

『騙し絵の牙』

2021-04-01 17:45:35 | 映画

コロナ禍で公開が延期されていた映画だがようやく上映が始まった。吉田大八監督の手掛けるオールスターキャストが集結する大作映画。実に面白い作品でスクリーンに釘付けされる。出版業界を舞台にして多彩な人物が織りなす騙し合いのドラマだが、主人公の2人に焦点が絞られているから見やすい。

視点は松岡茉優演じる若手編集者。彼女が大手出版社に就職し、大好きな小説の編集者になり夢を実現したにも関わらず、社長の死を通して生じた派閥争いに巻き込まれ、編集部から飛ばされることになる。そんな彼女を大泉洋演じるカルチャー雑誌の編集長から引き抜かれて彼の編集部に入り、そこで小説を手掛けることになる。大企業の抗争を通しての群像劇なのに、これはあくまでも彼女の小説が好き、という気持ちが前面に描かれるからあくまでも彼女が社会に出てそこでもまれて成長していくという青春映画なのだ。確かに二転三転のどんでん返しに驚かされるエンタメ映画なのだけど、そこにとどまらないのがいい。

松岡茉優はここに描かれる人間の醜い一面に踊らされる人たちを見つめながらも、自身のピュアな想いを揺るがされない。休みの日は実家である父親(塚本晋也がいい!)が経営する小さな町の本屋のカウンター座り、客との対応をする。本が好きという想いが彼女のすべてだ。大好きなことを仕事にして、きれいごとだけではないし毎日大変だけど(そんなこと大人だからわかっている)この仕事を大切にしている。そんな彼女を見守る大泉洋に一見クールで打算的で何を考えているのかわからないけど、実は彼女を優しく見守っている父親のような視線もいい。彼女は職場と家庭で2人の父親の見守られ、全力でこの仕事と向き合う。この映画を見ながら改めて「好き」って素晴らしいと思わされた。好きだからどんなにしんどくてもやれる。時代がどんなに変わろうとも小説がなくならない。誰もが素敵な物語を求めている。文学界の大御所作家(國村隼)だって彼女の前ではただの少年に戻る。彼も元々は小説が好きで読者を楽しませたかっただけなのだ。今では偉そうにしているけど、実はただの文学少年のなれの果てだ。

ラストの展開はある種のファンタジーだけど、夢があっていい。小説の力を信じたいと思わされる微笑ましいエピソードだ。大泉洋の主人公も同じ。文学少年の成れの果てなのだ。面白い小説が読みたい、ただそれだけの想いに突き動かされる。原作は『罪の声』の塩田武士。2作品連続で会心の映画化でさぞかし満足していることだろう。


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