9月7日から20日まで2週間で18ステージ、男性キャストだけの「鼠組」と、女性だけの「猫組」の2ヴァージョンで見せる。関西の小劇場でこれだけのロングランはあまりない。エイチエムピーは精力的にこのロングラン興行に挑んでいる。僕が見た15日の回は満席だった。
『桜姫東文章』を原作にした前作『桜姫』に続いて今回「現代日本演劇のルーツ」シリーズの新作として取り上げたのは鶴屋南北の『四谷怪談』。僕は蜷川幸雄が作った2本の映画が大好きだ。特に最初の作品『魔性の夏』。公開当時はまるで評判にはならなかったし、それどころか怖くないし、大失敗作、というようなレッテルを張られた映画だが、あの優しさが凄いと思った。あれから僕にとっては『四谷怪談』といえばあの作品がスタンダードになっている。お岩があまりに優しすぎたから伊右衛門が甘える、という図式を用意した。それを関根恵子(高橋、ではまだないはず)とショーケン(もちろん、萩原健一)が演じた。
さて、本題は笠井さんが用意した『四谷怪談』である。「江戸のエログロ物語」という切り口は斬新だ。それをさらに斬新な舞台表現でみせる。それにしても、なんなんだ、このアップテンポは。『桜姫』もそうだったけど、今回はそれ以上だ。登場する人物の心の動きよりも早く、体の方が先に行く。あれよ、あれよ、という間にストーリーがものすごいスピードで動く。ダイジェストでも、ここまでは早くない。早送り状態だ。
ストーリーを楽しむのではなく、ストーリーは最初からわかった上で、この物語の導く運命に身を委ねるように、定められたレールの上を、新幹線で走るように、駆け抜けていく。あまりのスピードの速さゆえについていけない人も多かったのではないか。微妙に衣装をすらすだけで、役が変わり、ひとりで何役も演じる。(今回見た女性版は、7人が28名を演じたが、男性版はそれを5人で演じるらしい)その変わり身の早さも見事だ。全員がまっ白の衣装を纏い、そこ(衣装の白)に、プロジェクターで、名前や映像を投影する。テンポをあげることに貢献している。そして、それは役の変化だけではなく、何が正しくて何が間違いであるか、なんて紙一重で、悪と善の二分法では見えてこないさまざまなものを垣間見せる。碁盤の上で、同じ駒がクルクル色を変えるように、(今回の美術がそうだ、傾いだ碁盤がアクティングエリアとなる)彼らはどんどん変わっていく。でも、結局は全く変わらない。生と死すら同じ。生きているものと死んでいるものとが同じ場所で出会い、運命のドラマが展開していく。
『四谷怪談』という物語を通して、何色にも簡単に染まる人の心を自在に表現した。主役の伊右衛門(水谷有希)は他の役を演じないが、他の6人は30人に及ぶ役を一瞬で演じ分ける。特に高安さんの岩と与茂七、小平は見事。演出の笠井さんは個々のキャラクターに感情移入することなく、冷徹に『四谷怪談』という現象をここに描き込んだ。
すべての役を女性で演じたことで、生々しく、なんだかとてもエロチックなものになっている。ということは、同じ芝居をすべて男で演じたなら、どうなるのか。鼠版が楽しみだ。