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映画・演劇のレビュー

白石一文『ほかならぬ人へ』

2010-09-16 21:11:13 | その他
 昨年の直木賞受賞作品。とてもよくできた恋愛小説だと思う。ひとりの人間をしっかりみつめていくことから見えてくるものがある。それをきちんと描き、人間の本質に迫る。まぁ、そんなこと優れた小説なら当たり前の話なのだが、先日読んだ恋愛小説『ランプコントロール』との違いがあまりに明確なので、ついついこんなことを書いてしまった。要はアプローチの問題なのだ。恋愛は人間に従属する。初めに人間ありき、である。彼らが恋愛をする。恋愛小説のために主人公がいるのではないということだ。

 理不尽さをそのまま描いていき、その先に僕等を連れて行く。そこには思いもかけないものがある。誰も知らないところに連れて行かれ、そこに置き去りにされる。そういうドラマが快感だ。

 主人公の宇津木明生は自分に劣等感を抱いている。優秀な家族の中にあり、自分だけが平凡で、家族は優しいがその優しささえ負担になる。大金持ちの家に生まれ、何不自由ない暮らしをしてきた。だが、彼はそんな家になじめない。やがて、家を出てひとりで暮らすこととなる。一族を離れ、家と関係ない仕事に就き、普通の庶民(!)と結婚する。だが、彼女はとても綺麗な女で、やがて、彼女が別の男のもとに走る。よくある展開だ。彼女が好きになった相手は彼女の幼なじみでずっと彼女は彼のことが好きだった。彼が別の女と結婚して、荒れに荒れた彼女が彼を諦めることで明生との結婚に踏み切ったという過去があった、ということに今頃になって明生は気づくこととなる。やがて離婚して、ひとりになる。その後、ずっと彼を見守ってくれていた職場の上司の女性と再婚する。めでたし、めでたし。

 こう書けばなんとも陳腐な話にしか見えないだろう。だが、この小説はこんな話にすらまとめられるような話を、微妙なニュアンスの違いで、ここまでドキドキするお話にする。ただの恋愛小説なのに、それが人間の本質に迫ることとなる。なんとも切ないラストもいい。この世界にはどうしようもないことがある。それを読み手も納得がいくように描いていて、実に上手い。

 同時収録の『かけがえのない人へ』は主人公を女性に設定して、同じような恋愛小説を見せてくれる。こちらもなかなかおもしろい。

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