なんとこれは美しい物語だろうか。そしてこんなにも優しいし、哀しい。これは耳にまつわる5つの短編からなる小川洋子の最新作。
ある補聴器販売員の死から始まる物語。耳鼻科医が父の骨壺から取り出した4つの耳の骨。カルテットのお話。一応これは補聴器販売員の娘が聴いた4つのこと、というスタイルになっている。
基本的には父の仕事を描く。販売員として旅する中で彼が出会った人たちとのお話。缶に納められた4つの耳の骨。
やがて辿り着く年老いた父の話。50年この仕事を続けた父が最後に仕事で回っていた介護施設の人たち。彼らの補聴器のメンテナンスをすることで、同時に彼らの話相手にもなっていた。そこで出会った介護助手の大学生との恋。完璧な耳を持つ彼女の耳に惹かれる。
最後の輪投げの景品であるトランペットの話は父の幼い頃の出来事なのか。(盗んだトランペット。あんなに恋焦がれたあれはおもちゃだった)はっきりと描かれるわけではないからあの少年が誰だかはわからないけど、この連作の最後に唐突に現れたから。
いろんなことは明確には描かれない。淡いタッチでどんなふうにでも理解できるし、これはすべて夢のなかのできごとだと思ってもいい。
ただ、耳のなかにいる私の最初の友だちが奏でる音楽に耳をすまそう。彼らはドウケツエビのダンスと共に、涙を音符にして演奏をするから。