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映画・演劇のレビュー

中村文則『王国』

2011-12-11 20:31:51 | その他
 オープニングはかなりおもしろい。一体何が起きるのか、予想もつかない。でも、肝心のドラマが本格的に動き出したところで、唐突に終わってしまう。この話で、170ページ程というのは、あまりに短かすぎた。

 なんとも不思議な設定が荒唐無稽ではなく、かなりリアルなので、その不思議の国にいざなわれていく。そして、そこでヒロインはとんでもない化け物と出会う。リアルとファンタジーとが交わる空間を純文学の文体で描いていくのは面白いのだ。村上春樹の『1Q84』のような感じなのだが、あれよりもリアルで、ハードな文体が心地よい。それだけに残念でならない。

 主人公のユリカが「化け物」と呼ばれる男と対峙したところから、このお話は本題に入るのではないのか。なのに、ここをクライマックスにして、一気に話が萎んでいく。というか、このあとほとんど話がない。ページも残りわずかだったし。それなら、ここまでのお話なのか、と言うと、必ずしもそういうわけではない。この何かか起こる予感を描く導入部が秀逸なだけに、がっかりだ。しかも、そこがかなり丁寧でテンポもいいから、期待ばかりが高まった。この謎の女は何者で、彼女がこの仕事(娼婦を装い、さまざまな人物から彼らの弱みを捏造する)に何を感じているのか。彼女の心が壊れてしまったのはなぜか、とか、いろんなことを考えさせてくれておもしろかった。

 それだけに、「化け物」と向き合い、(彼は、もちろん見た眼がモンスターなのではない。彼女に対してとても紳士的に対応する)命の危機を感じたとき、何を思い、それを回避することでどこに向かうのか。ドキドキさせられたのだが、その後の対応は期待ほどではない。大体、こんな大きなタイトルをつけてあるのに、これでは『王国』の入り口までしか描けていないではないか。ここから始まる壮大なドラマのプロローグでしかない。

 彼女の存在だけでも、謎に包まれているのに、彼女が向き合う木崎(それが「化け物」の名前)の背後は底知れない。この世の中には信じられないような「化け物」が潜んでいて、そいつは人の心に土足で入ってきて、表情ひとつ変えずに、蹂躙していく。そのおぞましい化け物と向き合ってしまい、命を完全に掌握されてしまった時、それでも生き延びることに何の意味があるのか。彼女のドラマはここから始まる。ちゃんとその先も書いてくれ。

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