大阪のキタを舞台にしたリム・カーワイの最新作であり渾身の力作。この猥雑な空気。なにがなんだかわからないけど、彼らが右往左往するさまに導かれて見慣れた風景であるはずの大阪キタの風景が一転する。この映画を梅田で見て、映画が終わった後、映画に描かれた風景のなかを歩き、映画のなかに入り込む気分にさせられた。(たまたま用事があって、映画を見た後そのまま、夜になっていく中崎町から天六に向けて、映画の舞台になったまさにその場所を歩いた!)不思議な気分だ。
そこにはこの映画のあの人たちがいるような気がした。どこにでもいるはずの、でも、この街に埋もれていて気付かない、というより僕の目には見えない場所にいる、そんな人たちの姿がこの映画の中には確かにある。ここに描かれるのはリム・カーワイ自身が身近に見てきた人たちなのだろう。2時間38分に及ぶ映画はそんな彼らの姿を追いかける。どこかで出会い、どこかですれ違う。大阪キタのまちのかたすみ。あっちこっちの光景。大きなドラマがあるわけではない。どちらかというと小さなドラマの集積。そんな寄せ集めがこのひとつの映画を形作る。群像劇というよりもただのごった煮状態。だからここには主人公はいない。一貫したお話もない。あの白骨死体が何だったのか、なんてまるで描かれない。たまたま。その事実に関連するようなドラマもない。
周辺を行きかう9か国(らしい)のさまざまな外国人たち。(もちろん、そこには日本人も含む。)描かれるのは、たった3日間の行ったり来たり。見終えたときに残るのはほんのちょっとした寂しさ。まるで自分まで、この大阪という街を旅した気分になる。(実際に今こうして大阪にいるのに、ね)
ツァイ・ミンリャンの映画でおなじみのリー・カンションが台湾からやってきてこの大阪の街をフラフラする男を演じているのだけど、それは演じているというより彼の姿をカメラが追いかけてたまたま撮った映像を映画の中に取り込んだだけ、というくらいのさりげなさ。彼は勝手知ったる旅人だ。もう何度となく日本に来ている。AVオタクで、お気に入りのAV女優のサイン会に来てちゃっかりツーショットで写真に納まったりもしている。
彼以外の外国人キャストは知らない人ばかりだ。どこから呼んできたのだろうか、そこには職業俳優もいるのだろうけど、僕は知らない。主なキャストだけで20人くらいは十分にいるだろう。数える気にもならないほどだ。数えたって、5人、10人、たくさん。終わり、って感じになる。日本人のほうは多少は知った顔もいるけど、こちらもほとんど知らない人ばかり。この映画には有名人はいらないし、ギャラも出せないだろうし。(そんな中で、渡辺真起子はしっかり出ている!)
なにがなんだかわからないけど、だけど、見ていて圧倒される。感動したとかいうのではない。どちらかというとあきれた。なんなんだ、この映画は、とか、何をしたいのかこの映画で、とか、そんな感想しか浮かんでこないけど、でも、この映画を見ている間中、異国を旅する気分を味わっていた。見慣れた大阪を見ているのに、台湾や韓国、中国、香港、マレーシアなど、自分が旅した時のあの気分に近い。そこは同じアジアの猥雑な町だからか。不思議な体験だった。そうなのだ。これは映画を見たというよりも映画で旅した気分なのだ。