原田ひ香さんが帯でこの作品が「寺地さんの作品の中で一番好きです」と言っていた。僕より一足早くこれを読んだ妻も絶賛していたから、少しドキドキして読み始める。まわりの評価はあまり気にしないけど、それでガッカリするのは少し怖い。
もちろん期待は外れない。だけどこれが一番じゃない。「彼女のたくさんの小説にはこれくらい素敵な作品は山盛りあるよ、」と思うけどやはりこれはかなり好き。よかった。
主人公は恋人に去られてひとりで暮らす30歳男子。滋賀の実家から出て大阪で暮らす。昨年父親を亡くした。兄姉たちも家を出ているから実家は母だけ。「決して遠くないからたまには帰って来たら、」と姉は言うけど、なかなか帰れない。
これも最近ブームになっているスモールワールドのお話だ。(ブームって言ったって僕だけだけど)小さな世界にこもって静かに暮らす。孤独を楽しむわけではないけど、寂しくはない。ただ夜になると得体の知れない不安に襲われる。モヤヤンと名付けた。そんなモヤヤンから逃れるために夜の散歩をする。それだけが描かれる散歩小説である。事件は(ほとんど)ない。散歩仲間が増えるくらいだ。それだって5人だけど。
この作品が素敵なのは、何もないのにちゃんと答えがあるからだ。ラストが素晴らしい。散歩の日々が終わる。それは悲しいことではなく、新しい旅立ちだ。彼がようやく一歩を踏み出す。もちろん彼だけではなく、散歩仲間のみんなも同じ。ここにいたこと、ここで夜の散歩をしたことが旅だったのだけど、この先は自分だけで歩き出す。(散歩じゃなく、実人生を)それは少し寂しいけど、やはりうれしい。もう月夜でなくても歩ける。