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映画・演劇のレビュー

Ugly duckling 『ト④ランク 移民ヴァージョン』

2009-03-15 20:54:04 | 演劇
 『トランク』の第4作。今回はきちんとしたセットを(前回もそうだったが、それ以上に、という意味だ)作り、カフェを完全に劇場仕様にした1篇。シリーズ最高傑作となった。

 舞台中央の暗幕によるスクリーン(オープニングは例によって、そこに『100年トランク』の今回のエピソードにまつわるダイジェストが投影される)が取り外されると、そこには狭くて奥行きのある部屋が現れる。そしてその部屋を含むこの空間全体が、黒板に書かれた世界地図となっていることが示される。女(ののあざみ)はここでひとり黙々と仕事を続ける。見事な幕開けである。一気にこの作品世界に誘い込まれる。

 100年後の世界。閉ざされた観察室。その向こうに広がる「世界の果て」。そこをただ見守り続ける女。彼女は汚染されて人が足を踏み入れることが出来なくなったその「世界」を観察するためにここに配属された。来る日も来る日も変わることのない風景を見つめ続ける。壁にある小さな穴からそこを覗く。100年経ったら、ここの汚染は浄化される。だが、それまでは蟻一匹そこに入れてはならない。

 ある日、男(太田浩司)がやってくる。「もう100年は経ったから」と彼が言う。「だからもう向こうの世界に行ってもかまわない。浄化は済んだのだから」と。

 彼の祖父(もちろん太田による2役)はかってここで女と同じように観察員の仕事をしていた。彼もまた壁の小さな穴から汚染区域の状況を観察続けるという単調な仕事を続けた。そんな彼のもとにある日、大きなトランクを持った男がやってくる。トラ(イシダトウショウ)である。彼は世界の果てを探して旅を続けている。それは『100年トランク』から30年後のお話だ。

 今回はこの2つの話がこの同じ場所で展開する。『100年トランク』から30年後と、さらに70年後。この2つの時間を描く。トラと男の穏やかなやりとりがとてもいい。この短いシーンが今回の要だ。世界の果てに妻であるカタメを棄てに行くための永遠の旅に出たトラが辿り着いた地点。それがここで、なのに彼はこの先に行けないまま、去っていく。もしかしたらこれはトラの旅のただのワンエピソードでしかないのかもしれない。あるいはここが彼の旅の終着駅だったのかもしれない。そこを曖昧なままにしてしまうところがとてもいい。決め付ける必要はなにもないのだ。

 行き止まりの場所で、ただ観察を続けることを義務付けられた女。彼女の淡々とした仕事をひたすら見せる部分がすばらしい。そして彼女が禁断の場所に足を踏み入れる直前で芝居は終わる。

 必要以外のことは一切見せない。説明もしない。だが、たった50分ほどの小さな芝居のその圧倒的な迫力に魅了される。この作品は『100年トランク』の100年後というこの芝居の終末を提示すると共に、『100年トランク』という万華鏡のような世界の鮮やかな一断面を切り取って見せるのだ。小さなエピソードの積み重ねが大きなドラマを形作る。この『トランク』5部作が目指した地平がその全貌を現した。

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