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映画・演劇のレビュー

ヨヴメガネ『くもい町』

2006-11-01 20:43:51 | 演劇
 とてもおもしろい芝居だ。WFの<のちうち企画>としては理想的な作品ではないか。小品だが、今まで見た事のないような新鮮さを、さりげなく提示してくれる。「こんな芝居があったんだ」と、少し驚かせてくれる。[すごく]ではなく[すこし]というところが大切な点だ。

 作、演出の森本洋史さんは誠実に自分の世界を描きこもうとしている。それが普通の人の感覚とは、ほんの少しずれていて、そのずれが芝居の魅力となっている。わざと作り込んだのではなく、自然体で表現したらそうなってしまった、って感じなのである。あざとさがまるでない。

 3話からなるオムニバスである。台本は3人による競作だが、第1話の森本作品が全体のベースを作る。どこにでもあるようななんの特徴もない町。そこでの3つの風景がスケッチされる。ベンチがあり、人がいる。昼、夕方、夜。3つの時間。別々の場所。第1話はコインランドリーの近く、動物園の横。第2話はパチンコ店の休憩所。3話はうらぶれた公園。なんでもないし、どこにでもありそうな風景(動物園は少し違うが)。そこで人々がほんの少し立ち止まる。少しへんてこで、切ない。タイトルのくもい町という架空の町の佇まいが、確かに感じられる。この町に住み生きる人たちのにおいが伝わる。そんな作品である。

 町のなんでもない風景。ベンチで煙草をふかし、話をして別れていく。誰も気にも留めない会話。彼らにとっても、それは別にたいしたことでないかもしれない。しかし、そんな話に耳を傾けた観客である僕らはそこに、切実な痛みを感じてしまう。

 くもい町というタイトルの由来が当日パンフに書かれてある。[くもりの「り」から「R]をとった造語です。「アールがない」で「あるがない」という僕のネタの一つでした]とある。R(ある)がなくなり、くもり町がくもい町となる。その欠落感がこの3つの短編を貫くテーマである。あるべきものがなくなる。というか、今はここにはない。何がなくなったのか。それは彼らの心の空隙に聞くしかない。明確なものではない。なんとなく心の中が空っぽになってしまった。だから、寂しい。

 第1話が出色である。動物園でのバイトで着ぐるみを着ている男。仕事が終わってもその、えせプーサンの姿のまま外のベンチで座る。正社員の後輩がやって来てさっさと着替えてくださいよ、と懇願する。そこに、すぐそこのコインランドリーから男が来る。洗濯機が故障したから、何とかしてくれと言う。この3人の噛み合わない会話がとてもいい。彼らは同じ場所に居ながら、とても遠い。その距離感が見事である。おかしいというより、困惑させられる。なんだか切なくなる。

 続く2本も同じように、ここに居るのに、ここに居ない。そんな不安と孤独が描かれる。ただ1本目と比べると、分かりやす過ぎて面白みに欠くのが残念だ。

 いつもどんより曇り空の町。そんな中で、居場所のない不安を抱え、生きている人たちのほんのちょっとした時間を切り取りみせる。「どこかにあって、どこにもない、くもい町」の物語。

 

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