チームアクアをまず見た。和泉敬子さんが水原コーチを演じる。というその大胆なキャスティングに驚く。彼女のような大ベテランをあの役に配して大丈夫か、と心配だったのだが、始まったところで、心配通りの違和感を覚えた。冒頭のエピソードが、さすがにあまりの年齢差で、ちょっと無理がある。嘘くさいと感じさせられ、乗れない。水原コーチがどう見ても50代にしか見えない、という現状を受け入れたうえでこのお話を進展させていく。
しかし、そこを乗り切ると、芝居は若い9人の好演もあって、一気にお話世界に引き込まれていく。回想シーンになると、彼女の出番はほとんどなくなるからだ。鬼コーチと彼女に憧れる若い子たちという図式を成立させるためには、あの年齢差は、きついのだが、そこを乗り切ると、別の意味で彼女の起用が生きてくる。ある種の距離感が、彼女によって明確に提示され、ドラマに安定感を与える。マイクを使ったナレーションも本当ならつまらなくなるところなのに、とても自然だ。
彼女がそこにいることで、作品全体を引いた目でみつめることになった。熱いドラマをそのままそれだけで、見せられるとどうしても、疲れてくる。お話は中学生の水原からスタートして、彼女があこがれの先輩のもとで、成長していく過程を追いかける「青春もの」なのだが、どこにでもあるお話をシンクロナイズドスイミングというパッケージングで見せることで、今までどこにもなかった新鮮さを提示する。演劇というより、スポーツそのものを舞台で提示することになる。若いキャストたちは役者としての演技以上に、シンクロ選手としての演技を要求される。それはまさに体を張った芝居だ。
2日後、チームブルーも見た。こちらは若い武田訓佳が水原コーチを演じる。違和感はない。子供たちとの距離が近いだけに、反対に彼女たちとの距離も自然に保てれる。わかりやすい芝居になる。
作品の完成度はアクアのほうが高い。それはコーチ役の和泉敬子と武田訓佳の力量の差ではない。どちらかというと、和泉さんは芝居の足を引っ張っている。先にも書いたがそれは単純に年齢的に無理があるからだ。しかし、大ベテランの彼女が、演技経験のほとんどない子供たちとともにこの役を演じることで、子供たちの団結は強いものになったのかもしれない。アクアチームのほうがまとまりがいい。武田さんと一緒になって作られたブルーのほうは、全体的に少し流されていく感じの印象が残る。メンバーが変わるとそこに化学変化が生じる。ただ、はっきりしているのは、どちらもとても素敵な作品に仕上がっている、という事実だ。比較に意味はない。
ここには、ある種の普遍的な青春がある。誰かにあこがれ、何かに一生懸命になる。全力を傾ける。それがどこにつながっていくかなんてわからない。泳ぐこともそうだったし、シンクロもそう。それで生きていけるわけではない。高校を卒業したら大学に行ってプロになって、なんていう未来があるわけではない。でも今はただあなたの背中を追いかける。そんな主人公の気持ちが群像劇として周囲との関係の中でちゃんと伝わってくる。
同じ台本で、全く違うキャストで、毎年同じ夏にこの芝居を作る。台本は変えないけれど、2ヴァージョンは全く違う印象を与える。それはキャストのせいだ。コーチ役の個性と、生徒たちのアンサンブルが作品の方向性を定めていく。まるでそれって学校と同じだ。同じことをしているはずなのに、毎回違う輝きがそこには生じる。だから、ストーリーがわかっていても、ドキドキして見ていられる。作、演出のオカモトさんは、台本も演出は変えないと言う。正しい選択だ。
このプロジェクトは東京オリンピックのある2020年まで、4年間続く。来年もキラメキは帰ってくる。