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映画・演劇のレビュー

三崎亜記『失われた町』

2007-04-07 18:55:54 | その他
 『となり町戦争』では事件(戦争)の周辺を描くだけで、その核心部分は曖昧にしたが、今回は事件そのものを真正面から捉えていくという作りをしており、三崎亜記の本気がしっかり伝わってくる大力作。

 隣同士の地方都市間で行われる静かな戦争に巻き込まれたサラリーマンと彼の担当になった役所の女性の交流を描いた『となり町戦争』を読んだ時は、かなりの衝撃を受けた。こんな話をリアルに描き、ここまでさりげないことに驚いたのだ。あたりまえの日常としてこの出来事を描き、静かにそんな戦争に参加させられていく男の日々を描いていた。ただ、小説の中では、戦争自体がどうなっているのかは、描かれてなかった。そういう作り方をすることであの作品はリアルを獲得したのだが、なんだかはぐらかされた気もした。

 そこで今回、あの不満を解消せんとでも思ったか、事件の全貌にまで迫るスタイルで作品を見せた。今回もSFでしかないという設定だが、それを現実の生活の中で見せるから、作り事とは思えないのがいい。短編集『バスジャック』では、分量的な問題もあり、細部が描かれないため、設定のリアルが中途半端で、ただのお話でしかなかった。それでは星新一のよく出来たショートショートの短編小説版にしか見えなかったのだ。彼の小説のよさは、設定を丁寧に描くことで獲得したリアリティーを、さらなる日常描写で味付けして、純文学にしてしまうところにある。

 町が消滅する、という事件を現実世界の中で起きる一つの事実として提示し、そのことで起きる様々な出来事を丁寧に見せていく。事件自体よりも、それによって起こる人々のリアクションを捕らえていくことに小説の眼目があり、ストーリーの奇抜さは二の次になっているのがいい。不思議な設定は用意するが、それを通してしっかり世界観にまで昇華させていく手口は見事だ。突然身内を失った悲しみが、まず描かれたことで、そこを何より大事にしてドラマを展開させている。事件の全貌はそんな彼らの物語の背後にあるのだ。

 人が忽然と姿を消す。しかも町ごとである。消えた人々の記憶を消し去らなくては被害はさらに深刻になる。仕方なく消滅管理局の作業員は町に入り、ここで生きていた人の痕跡を完璧に消し去る。それが彼らの仕事だ。なぜ、を描くのではない。その事実をまるでドキュメンタリーのように見せる。

 消えた町,月ヶ瀬町に関わる様々な人々のドラマを淡々と描く連作スタイルを取りながら、彼らの内面に分け入り、事件の全体像に迫ろうとしている。こういうスタイルだから、これはSFとは分類できない。短編連作でありながら骨太な長編としても機能している。どの話も胸に沁みるが、第4話「終の響い」が特にいい。妻を失った男が、彼女の本体(かっては、一つの体に二人の人格が同居していたが、それを分離した分離者の方が彼の妻だった)である女性に会いに行き妻の代わりとして彼女と生活する。こんなにも痛い話はない。お互いわかって暮らし、恋をしてしまい、やがて来る別れを知りつつ最期の時間を過ごす。

 7つの話は互いに共鳴しあい、町の消滅という事件の全貌を捉えていく。町が消えていく。人が一人残らずいなくなった町だけが残る。30年前にも起き、今また同じ事が起こる。なす術はない。なぜ?なんてわからない。その謎を追うという小説ではない。そのことで生じる哀しみを描くのである。ここには、丁寧にそのことが描かれてある。

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