習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『エンター・ザ・ボイド』

2010-06-12 23:49:10 | 映画
 無への入り口。まるで、夢の中にいるような気分でこの悪夢を見守ることになる。ここはいったいどこだ。日本の東京という大都市らしい。遠い異国からこの都市にやってきて、ここで暮らす異邦人たち。主人公の青年もそのひとりだ。まるで夢の中の世界のような夜の迷宮をさまよう彼らは現実感覚を失い埋もれていく。やがて消えていく。

 ドラッグの売人となり、夜の街を浮遊する。自らもドラッグ中毒となり、実体のない虚無の世界に取り込まれてしまう。生きている実感なんかない。ただフラフラさまよい続けるばかりだ。ここに描かれる東京は現実の東京ではなくイメージとしてのTOKYOだ。異邦人である彼らにとってこの街は現実感のあるものではなく、夢の国でしかない。その中で主人公の青年は母国から呼び寄せたたったひとりの肉親である妹とともに、ここに2人だけの世界を作るために闘う。兄妹愛のドラマのはずなのだが、ギャスパー・ノエはありきたりなドラマは用意しない。だいたい主人公の青年は開巻30分もしない間に殺されてしまう。この映画はここから始まるドラマと言ってもいい。しかも、そこまでだって主観カメラで彼の行動を追いかけるし。ドラッグによる幻覚を描くシーンから始まるんだから。

 2時間23分に及ぶ幻想のドラマは死んでしまって魂になってしまった彼が、大切な妹を空の上から見守る。それは同時に自分たちが生きた世界を俯瞰することでもある。カメラは自由自在に空中を漂い、ここに生きる人々の姿を見つめていく。生きていた時間と、死んでからの時間を自由に往還し、ギャスパー・ノエは『カノン』や『アレックス』以上に過激な映像世界を展開していく。

 終盤の透明なガラス張りで「ラブホテル」という名前のついた高層ホテルの中で何人ものカップルがセックスに励む姿をいつまでも見せていくシーンなんて圧巻である。ドラッグとセックスと暴力というおきまりのパターンをテーマにしながら今まで見たことがないような幻想世界を確かに提示してくれる。でも、それがおもしろいか、否かは、好みにもよる。正直言うと、なんだかバカバカしい映画だ、という気がしないでもない。



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