今週も驚くほど素敵な本を山盛り読んでいる。いずれも女性作家の作品ばかりだ。そこにはYA小説や絵本もある。まず小手鞠るい『ご飯食べにおいでよ』から。児童書ではなくYA小説という分類だが、小学校の高学年から大人まで十分楽しめる。中二の時に感じたこと、考えたことをちゃんと大人になり実現する青年のお話。森崎雪はベイカリーカフェ「りんごの木」をオープンする。夢を実願する。そんな彼の1週間が描かれる。だがそれはただの1週間ではない。そこでこの小説は彼の中二の頃から今までの軌跡を描く。日曜日から始まり、土曜日まで。7つのお話はその曜日の出来事。食と、なぜか読書が中心にある。夏目漱石や三島由紀夫、星野道夫に村上春樹が引用される。実に素敵な選択だ。もちろん、日曜日のポテトから始まるサンドウィッチ、パスタ、弁当箱、カレー、焼き飯という選択もいい。土曜日はお休みだなんて、最高だな。彼の過ごしたここまでの時間をそれぞれの曜日をテーマにして描く。時間は前後して、自由に行き来するからちゃんとしたクロニクルのようには流れない。でも思いつくままというわけではない。ちゃんと日曜から始まり土曜日まで彼のこれまでが描かれていく。その中で、食と読書を通して感じたこと、考えたことがランダムに綴られ、それが確信となる。自分の夢だ。自分を形作るものがそこにはあるから、それがこれからの彼の人生を作る。誰かのためになるこの場所を作る。花ちゃん(祖母)から教えられたこと。文芸部の親友、みかんとリンゴ。お隣の少年由月(彼のガールフレンドまりなちゃん含む)とその母親の沙月さん。成海さんのレシピ。父の焼いたアップルパイ。お話をさりげなく彩るいくつものエピソード。ささいなメニュー。大切なもの。すべてがこの小さな本には詰まっている。
次は碧野 圭『凛として弓を引く 青雲編』。この第2作は前回それを封じ手としたことで成功したはずの高校でのクラブ活動に手を染める。この作品の魅力は高校生が主人公なのに高校での部活ではなく、市民団体の弓道サークルを舞台にしたことにある。その設定が肝だったのに今回やすやすと高校でのクラブ活動の話へと安易に乗り換える。廃部となっていた弓道部を復活させる話だ。矢口楓は高校2年になる。新入生として入ってきた弓道会の後輩、賢人に乗せられ弓道部(最初の1年は同好会だけど)の立ち上げに乗り出す。これではなんだかどこにでもある普通の青春小説だ。せっかくの新機軸をこんなふうに簡単に反故にしてもったいないな、と思いつつ読み進める。前回と同じで前半はなんか乗り切れない。だが、後半になってエンジンがかかる。新たにメンバーとして加わった弓道未経験者ふたりを加えた6人と部活復活のためにスカウトした顧問の先生。彼らのお話が作品全体を押し広げていく。人との出会いの大切さ。そこから今まで知らなかった世界が広がる。そして終盤、10数年前なぜ弓道部が廃部となったのかという謎解きも含めて、高校2年生という時間が描かれていく。スポコンではない、というのは前作と同じ。普遍的な高校2年生という時間が彼女の個人的な体験を通して描かれていく。安易に見えて実はとても大胆。実はとんでもない困難に挑戦しているのだ。試合とかはまるで描かれないのもいい。きっとこの先、高校3年生シーズンではここまで禁じ手にしていたそこ(高校での試合)から、その先が描かれるのだろう。さらなる進化を遂げる次の完結編にも期待したい。
この2冊のYA小説も素晴らしかったが、今週のハイライトはなんといってもこの絵本だ。湯本香樹実(酒井駒子・絵)の『橋の上で』を読んだ。胸に滲みてきた。このモノトーンで、この暗いタッチの絵に彩られた少年の重い心を描く絵本はシンプルだがストレートに心の中の仄暗く一番深いところに届く。橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしていた少年が浮浪者のおじさんと出会い、心が動く瞬間。小学生のころ、子供だから、と言われても子供だってつらいことはつらい。彼の痛みを子供だから、と切り捨てるのはありえない。大人なら耐えられることかもしれない。いや。大人も子供も関係ない。あの時、あの人と出会い、自分は今も生きている。少し大人になった彼の姿が眩しい。
さらに1冊。柚木麻子のエッセイ集『とりあえずお湯わかせ』。このタイトルは彼女の母親の戒めだ。彼女の左右の銘(たぶん)。これは公開日記帳でエッセイなのだけど小説のように読める。2018年から2022年までの4年間の記録。初めての出産から育児の日々、そしてコロナ来襲。怒濤の4年間を背景にして彼女は傑作小説『らんたん』を書き、さらにはこの本を上梓した。苦しい毎日から迸る本音が炸裂する。笑いながら、でも心から共感する。誰もがそれぞれの人生で感じる出来事が、このみんなが体験したコロナ禍を通して描かれていく。
最後は島本理生『憐憫』。かつて子役だった沙良は、芸能界で伸び悩んでいた。やりつくしたわけではない。でも10代から芸能界で過ごし、ある程度のキャリアを築き、すでに結婚もしている20代の終わり。この先自分がどうなるのか、何を求めているのか、わからない。ある日、ひとりの男と出会う。自分の暮らす世界とはまるで違う世界の住人だ。要するに普通の人。でもそれが彼女には新鮮だった。そんな男との恋愛を通して、彼女は自分を見つめなおすことになる。繊細で壊れそうな心を抱きながら大胆。彼女のちぐはぐな心情を背景にして、戸惑いながらもしっかりと自己の進路を見出していく姿が描かれる。(なんだかんだと言いながらも)とても強いな、と思う。