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映画・演劇のレビュー

『夜明けのすべて』

2024-02-18 10:44:00 | 映画

三宅唱監督の新作。こんなにも何も起きない映画ってありなのか、と思う。淡々と日常が描かれる。しかもプライベートではなく仕事場の描写が延々と描かれる。舞台となるここは子ども向けの科学教材を扱う小さな会社。社員は7人。社長は光石研。社員に久保田磨希さんがいる。彼女はかつて劇団遊気舎に所属していたから昔からよく知っている。懐かしい。

映画は朝ドラの『カムカム』で夫婦を演じた松村北斗と上白石萌音が主演する。だけどこれは恋愛映画では全くない。PMSとパニック障害。彼らの抱える病を通して日々を生きる姿を描く映画。大きな事件も展開もない。ただ目の前の小さな出来事が綴られていく。パニック障害から上手く人付き合いが出来ない彼が、彼女のおせっかいなくらいの優しさから少しずつ周囲の人たちに歩み寄ることができるようになっていく姿が描かれる。同時に彼もまた彼女のPMSを受け止めることで彼女を助けることになる。

これは前作『ケイコ 目を澄ませて』のようなドラマチックな作品ではないのにタッチはとてもよく似ている。静かで穏やかで優しい。三宅監督は瀬尾まいこの原作小説をまるでドキュメンタリーのように描く。観客である僕たちもまた彼同様、同僚たちも含めて、みんなでふたりを静かに見守ることになる。彼女は母親の介護のために職場を去る。実家に戻り新しい仕事に就く。彼は元の職場に戻ることなく、ここで暮らすことにする。それぞれの選択がふたりにとって最善のことになる。新しい日々が始まる。

何もないから、心に沁みる。これはそんな稀有の映画だ。最後はみんなが出社してくるシーンだ。まだ上白石萌音もいる。いつもの朝。そしてエンドタイトルは職場の休憩時間の描写だ。もう萌音はいないけど。それが延々と描かれる。もっと見たいと思う。もちろんそこには特別なことは何もない。とてもいい映画だった。


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