今年の芥川賞作品。これを最新の「純文学」作品として受け止め読んでみる。(まぁ、あまり期待はしないけど)僕はあまり芥川賞受賞作品は好きではない。(もちろん一括りして判断するのは無謀だけど)選ばれた作品はあまり完成度は高くないし、とんがってばかりで、中身が薄いというケースが多いからだ。
だけど、これはそんな従来の感じとは一線を画す作品だった。決して読みやすいわけではないけど、この諦めと焦燥はある種の普遍として伝わってくる。それはわかりやすいというのとは違う。だけどしっかり何かが伝わる。だから面白い。もちろんそれはエンタメのストーリーものではなく、だからといって観念的な文学臭漂う作品でもない。
リストラされて、なんとか再就職した職場で、休みの日に登山することになる。登山といってもハイキングみたいなもの。近くの六甲山に行く。参加者のひとりである妻鹿さんはバリ山行をする孤高のクライマーで,彼に心惹かれる。彼が1人で行く山行に同行させて貰うが、あまりのハードさに、ついて行けなくなって怪我をする。肺炎を併発してしばらく会社を休むことになる。
職場は社長の横行から混迷して、自分も首切りリストに入っている不安に駆られる。
年明けに復帰したら、妻鹿さんは辞めていた。あれから,自分は妻鹿さんのように単独バリ山行をすることになる。
日常の隙間にできる空洞。心の弱さを何かで補う。新しい趣味が出来た、なんていうことではない。もっと根元的な「何か」。たぶん他人には理解できないから(説明もムリ)話しても仕方ないし、だから話さない。
深刻な話ではない。心温まる話でもない。さらりと描かれる出来事を通して、彼が少しだけ成長している。程よいバランスが取れた作品で好感を持てた。こんな芥川龍之介賞作品ならいい。芥川の『蜜柑』や『トロッコ』というわかりやすい作品の読後感を思う。