あっ、これはツラい話だ、と読む前からわかっていたが本を手に取って読み初めてしまう。最初から強烈にキツいけど、どんどん読み進めてしまう。面白いから、ではない。気になって仕方ないからだ。介護の現場のツラさキツさはわかっているけど、こういうふうに突きつけられたら、もうどうしようもない。重い気分。なのに目が離せない。 これは特別養護老人ホームを舞台にして新人介護士の青年の日々を描く長編。
だが、読みながら途中からお話が転調するのを目撃する。まさかの展開である。第3章の「介護の未来」である。主人公の星矢は深夜に医師の葉山に偶然逢う。そしてリゾートホテルのようなハイテク施設の特養に連れて行かれる。そこでは介護ロボットや最新技術が駆使されているのを見る。驚きは止まらない。
さらには次の4章である。ここから話は本題に突入する。もう200ページくらいまで読んでいるにも関わらず。この物語の主人公は星矢ではなく、医師の葉山ですらない。なんと敵役だと思っていた施設長の福見節子だったのだ、ということに気づかされる。迂闊だった。冒頭の22年前のエピソードが彼女の話だったことを忘れていた。介護施設で起きた事故。数分間目を離した隙に事故死した入居者の死の責任を介護士は負うことになるか?
そこからは介護の現場のさまざまな問題が噴出する。お話の最大のポイントになる延命治療のことに突き進んでいく。胃ろうの是非を描く部分を読みながら震えた。3年前の母の死を思い出したからだ。僕もまた同じ問題と向き合っていた。医者から胃ろうを勧められたが、断った。これ以上母を苦しめたくなかったからだ。それから担当医師を信じられなかったから。彼の処置のミスから僕の母親は寝たきりになった、可能性が高いと思う。もちろん医師の判断に対して素人の僕がクレームをつけたって仕方ない。だけどあの時の一瞬の判断が生死の別れ目だったはず。適切な判断が出来なかった医師を責める気はない。だけど悔やまれる。これ以上あの時のことを書いても詮無いことだ。だからこの小説に話を戻そう。
結局のところ、これは3人が主人公の話なのだが、それぞれの視点から見たことが、1本のお話に繋がっていく。僕たち読者の視野が彼らの抱えるそれぞれのドラマを通して広がるというパターンになっている。介護を巡る問題を突き詰め考えさせられることになる。この先、この国(この世界)はどうなっていくのか、これは暗い森の先にある介護の未来への提言である。