習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『パビリオン山椒魚』

2007-07-06 06:39:41 | 映画
 これは一体何なんだ?全く意味のないドタバタ騒ぎで、こういうのをおしゃれな映画だとか、新しいタイプのコメディーだなんて言うのなら、そんなものはお断りだ。

 細部にまで手が込んでいるし、そんな作り手の拘りは悪いとは言わないが、全体があまりにルーズすぎて、見ていてイライラしてくる。自分たちは面白がっているのだろうが、独りよがりでしかないし、話自体が有機的に繋がらないのは、あんまりだ、とを思う。

 オダギリ・ジョーはいつものように飄々として、何をやろうと自分のペースを崩さない。訳の分からないレントゲン技師を軽やかにこなしている。彼と香椎由宇の財団の令嬢を巡るドタバタが、描かれる。実際はパリ万博に出品された、大山椒魚のキンジローを巡るバカ騒動なのだが、山椒魚が影が薄い。2人と1匹、という図式はもっとしっかり描かなくては、周囲のハイテンションに主人公たちが拮抗できない。もちろん表面的にはオダギリなんて変そのものだが、それだけでは、周囲と同化するばかりなのだ。映画全体がただのおもちゃにしか見えない。映画としての体を成していないのだ。

 才能もない若手作家が、平気でこういう劇場用長編映画が撮れてしまうような時代だからこそ、機会を手にしたものは、せめてその人なりの成果は挙げて欲しいと思う。(それは、この映画の監督のことではない。一般論だが。)

 鉄腕アトムのような頭でヤクザな依頼人を演じる光石研は笑えるが、それだけでは辛い。前半と後半で別人になってしまうオダギリ・ジョーも、それが何を意味するのだか、よくわからない。キンジロー争奪戦、財団のこと、香椎の本当の母親のこと、それら映画を構成する要素が、バラバラなまま。後半はいろんな方向を向いたベクトルが益々拡散し、収集もつかない。

 これは一応ラブ・ストーリーなんだろうから、せめて2人の関係性だけでも、興味を惹くような展開を見せて欲しかった。僕がこの映画に乗り切れなかっただけで、本当はこれはこれで面白いのか。それともやはりこの映画が駄目な作品なのか。ちょっと微妙だが、少なくとも僕は受け付けなかった。

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