シリーズ3作目で完結編というウリなのだが、別にこれで話が完結するというわけではない。こういうストーリー展開なら、ヒットする限りこの先いくらでも作れるだろう。
3D版でも公開されているが、2Dで見てよかった。3Dは話に集中できないし、疲れる。今回のように画面が揺れまくる映画なら特に辛かったはずだ。船酔い状態になるのではないか。作品自体は前2作以上に大がかりなものになってはいるが、第1作の青春映画から、大きく方向転換して、前作に続いて今回も海洋パニック映画になってしまったのは残念でならない。これではただの海の『ダイハード』である。しかも、必要以上に音楽で盛り上げて、感動の押し売りをするのもハリウッドの頭の悪い映画みたいでなんだかなぁ、と思う。だいたい台風による大災害って同じ伊藤英明が主演した『252』と同じではないか。これではなんだか、いつかどこかで見た映画でしかない。もっと新鮮さは欲しい。
映画自体はテンポがいいので、退屈はしないのだが、それでも話が中盤で停滞するのはまずい。話自身に奥行きがないから、次々に事件が起きなくては飽きる。でも荒唐無稽な話ではないから、そんな無茶な展開は出来ない。事故が発生した場所が、日本、韓国、ロシアの3国による一大海洋プロジェクトである海上油田なのに、両国の思惑が交錯しないままで、ただの海難映画になる。人命は何よりも尊いとか、いいながら、国益をお座なりにするわけにもいかないのは当然のことで、その辺のせめぎ合いをもう少しリアルに描いてもいいのではないか。個人的な事情と国益を巡る大状況の相克の中で自体が進展するなんていうのはこういう映画にとっては王道である。なのに鶴見辰吾が額に皺を寄せるだけで、なんかあまりに単純すぎて、これでは乗れない。
大体本題は、ここに閉じ込められた5人のドラマなのだが、こちらがまた、ある種のワンパターンの域を出ないのではお話にもならない。せっかくようやく結婚した主人公の2人の話がただ帰りを待つ妻(加藤あい)と子の不安な表情を描くだけの紋切り型の展開しか用意しないなんて杜撰としかいいようがない。反発しあいながらもこころ魅かれてついにゴールインして、なんとか無事に赤ちゃんも生まれた、というその後の話が今回の映画の中ではただの点景にしか描かれないのなら、大河ドラマとしての『海猿』シリーズではなく、ただの単純バカアクション映画にしかならないではないか。初心を忘れてはならない。この映画は仲間を死なせてしまった悔恨から始まったのだ。そんなこともおざなりにしてタダの海難パニック大作なんかにはしてはならない。
7月に公開された『踊る大走査線』もそうだったが今回も、TVのヒット作の安易な続編なんかではなかったはずなのに、観客のニーズに対して過剰な反応をしすぎていて、作家の顔の見えない映画になっている。メガヒットが約束された映画だからこそ、もっと冒険が必要なのではないか。本作は映画からTVになり、さらに映画になるというパターンを踏んだことで、この企画が持つもともとの性質を完全に見失ってしまった。空虚に巨大化したTV映画は無惨だとしか言いようがない。
3D版でも公開されているが、2Dで見てよかった。3Dは話に集中できないし、疲れる。今回のように画面が揺れまくる映画なら特に辛かったはずだ。船酔い状態になるのではないか。作品自体は前2作以上に大がかりなものになってはいるが、第1作の青春映画から、大きく方向転換して、前作に続いて今回も海洋パニック映画になってしまったのは残念でならない。これではただの海の『ダイハード』である。しかも、必要以上に音楽で盛り上げて、感動の押し売りをするのもハリウッドの頭の悪い映画みたいでなんだかなぁ、と思う。だいたい台風による大災害って同じ伊藤英明が主演した『252』と同じではないか。これではなんだか、いつかどこかで見た映画でしかない。もっと新鮮さは欲しい。
映画自体はテンポがいいので、退屈はしないのだが、それでも話が中盤で停滞するのはまずい。話自身に奥行きがないから、次々に事件が起きなくては飽きる。でも荒唐無稽な話ではないから、そんな無茶な展開は出来ない。事故が発生した場所が、日本、韓国、ロシアの3国による一大海洋プロジェクトである海上油田なのに、両国の思惑が交錯しないままで、ただの海難映画になる。人命は何よりも尊いとか、いいながら、国益をお座なりにするわけにもいかないのは当然のことで、その辺のせめぎ合いをもう少しリアルに描いてもいいのではないか。個人的な事情と国益を巡る大状況の相克の中で自体が進展するなんていうのはこういう映画にとっては王道である。なのに鶴見辰吾が額に皺を寄せるだけで、なんかあまりに単純すぎて、これでは乗れない。
大体本題は、ここに閉じ込められた5人のドラマなのだが、こちらがまた、ある種のワンパターンの域を出ないのではお話にもならない。せっかくようやく結婚した主人公の2人の話がただ帰りを待つ妻(加藤あい)と子の不安な表情を描くだけの紋切り型の展開しか用意しないなんて杜撰としかいいようがない。反発しあいながらもこころ魅かれてついにゴールインして、なんとか無事に赤ちゃんも生まれた、というその後の話が今回の映画の中ではただの点景にしか描かれないのなら、大河ドラマとしての『海猿』シリーズではなく、ただの単純バカアクション映画にしかならないではないか。初心を忘れてはならない。この映画は仲間を死なせてしまった悔恨から始まったのだ。そんなこともおざなりにしてタダの海難パニック大作なんかにはしてはならない。
7月に公開された『踊る大走査線』もそうだったが今回も、TVのヒット作の安易な続編なんかではなかったはずなのに、観客のニーズに対して過剰な反応をしすぎていて、作家の顔の見えない映画になっている。メガヒットが約束された映画だからこそ、もっと冒険が必要なのではないか。本作は映画からTVになり、さらに映画になるというパターンを踏んだことで、この企画が持つもともとの性質を完全に見失ってしまった。空虚に巨大化したTV映画は無惨だとしか言いようがない。
コメントを読ませて頂き、非常に残念に感じました。
確かに、幼い一途な重いの強い男達によって作られた作品という感はあり、細かく見れば辻褄の合わない点や穴も見えます。それでも余りあるテーマ。
特に男性には、それに気づいてほしいと感じます。
この作品、批評することを念頭に置いたうがった味方をせず、心を開いて見ていただければ、観客1人1人の人生観を変えるほどのテーマに気づくはずです。
最近では希薄になっている絆、責任感、生への執着、何か気づかされるものがあるはずです。それが、その人の一生を変えてくれるでしょう。どん底に突き落とされた時、力になってくれるでしょう。
それが故に、シリーズを重ねるごとサポーターなるファンが増え続けているのです。