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映画・演劇のレビュー

『花のあと』

2010-03-16 23:14:33 | 映画
 とても簡単な話なのだが、それをとても丁寧に見せていく。その結果映画は間延びするか、と思ったのに、反対で、極度の緊張感を伴い、最後まで息を詰めてスクリーンを見守ることとなる。一瞬たりともスクリーンから目が離せない。これはもう見事と言うしかない。

 たった一度、剣の手合わせをしただけ。だが、その後ずっとその男を想い続けて、彼を見守り続ける。罠に嵌められて自害した彼のために敵討ちまでする。自分には許嫁もいるし、彼は他の女性と結婚した。なのに、彼のことが忘れられない。

 こんな風に書けばよくある恋愛もののように受け止められかねないが、そうではない。この映画の背景になっている封建時代には、女は自分の本当の心なんか表に出すことは出来なかった。しかも、だいたい彼女はこれを恋だとは思わない。

 この想いは、相手に対する尊敬と信頼である。彼は自分のことを女としてではなく、同じように剣の道を極めようとする同志として受け入れてくれた。だから彼のことを彼女は心の奥で想い続けるのだ。断じて恋なんかではない。(でも、ほんとうは恋なのだろう)

 当然自分の気持ちは一切表面には出さない。だいたい先にも書いたように恋とは受け止めない。そんな気持ちは武家の娘として認めない。

 彼女はすべてを心に秘めたまま凛として生きていく。潔い。でも、納得のいかない事は受け入れない。そういう意味でもまた彼女は潔い。彼が江戸で不始末を仕出かしたため切腹をしたということを聞き、おかしいと思う。彼がそんな失敗を仕出かすはずがないと思う。だから、事情を調べる。彼のことを信じるから、納得のいかないことはとことん追求する。そんな姿勢はいささかリアルさを欠くこの話に説得力を与える。

 さらにこの作品の魅力を語ろう。

 何が素晴らしいかというと、この映画の描く所作である。部屋に入る時の障子の開け方、閉め方、体の動かし方。そんなひとつひとつが端折ることなくきちんと描かれていく。見ていてもどかしいくらいだ。だが、近年こんなふうに折り目正しく所作を描いた映画を見たことはない。きちんと間を取り、行動する。そんな所作の一つ一つから目が離せない。

 そして主人公の以登を演じる北川景子の美しさ。ただきれいだというのではない。実に凛々しい。ポニーテールにして剣を構えるシーンは惚れ惚れする。

 この映画には彼女のアップのシーンがものすごくたくさんある。だが、それはアイドル映画的なアプローチではない。それは彼女からこの映画は目をそらさない、という覚悟に見える。これがまだ2作目の中西健二監督は情に流されることなく、彼女の心を目に見える部分だけからきちんと描く。ちゃんと彼女と向き合うのだ。その結果、彼女の心の奥深くまでが描き切れた。

 甲本雅裕演じる許嫁の才助もいい。彼は鈍くてがさつな男に見えるが、以登のことをきちんと受け止める。たったひとりで仇討ちに行く彼女を止めない。それは彼女の全てを信じているからこそ出来る行為だろう。(でもあれで彼女が死んでしまったならどうしたのだろうか。敵は卑怯な手を使うのだから、女ひとりで勝てるわけもない。まぁ、その時は助けようとするのか?)

 こんなにも気持ちのいい映画は滅多にない。それはこの映画の主人公たちが、まっすぐに自分の信じる者から目をそらすことなく、向き合っているからだろう。そのまなざしの強さがこの映画の力だ。それを中西監督は北川景子に託したのだ。



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