『サニー 永遠の仲間たち』のカン・ヒョンチョル監督最新作という、ただそれだけで見に行く。それくらいにあの映画はすばかしかったし、あれを撮った彼なら何を撮ろうと信用できる。
1951年、韓国。朝鮮戦争時、巨済島捕虜収容所を舞台にしたダンス映画なのだけど、単純な映画ではない。こんなにも様々な要素を投入しながら、基本は明るい音楽映画。一応は、タップダンスに心惹かれていく少年と、彼にタップの楽しさを教える米兵を中心にしての群像劇ということになるのだけど、実は、そんなところから想像できるような甘いだけの映画ではない。北朝鮮の捕虜。中国人の捕虜。韓国人。アメリカの軍人たち。立場の違うそれぞれの想いが交錯して、シビアな現実の中で、でも、踊ることの楽しさを受け止め、過酷な現実と向き合う。
全体の作りはシビアというよりいささか甘い。そこがいいと思う。だけど、ただのファンタジーでは当然ないという事はラストの展開も含めて重々承知できる。だけど、どんな現実の中にあろうとも夢みる気持ちを大切にして生きることが大事、というメッセージは大事だし、お話はそこをちゃんと抑えて展開する。だからこれはさわやかな映画になる。
ダンスチームを組むことになる4人の個性(立場)も鮮やかで、コミカルな面もうまく全体に収まる。だから、あんなにもあっけなく彼らが死んでいくシーンに呆然となる。タップダンサーの足を打ち抜き、踊れなくさせる、という残酷さも。
主人公のふたりのダンスバトルを最後に持ってきた構成もいい。時系列に並べるのではなく、そこだけは飛ばして、すべてが終わった後に、映画は、あの時に戻る。彼らの人生で一番輝いた時間。ささやかな出来事かもしれないけど、ふたりが一瞬心を通い合わせた瞬間。反目するのではなく、せざる得ない環境や状況にあることはわかっているから、表面的には心を通い合わせることはできない。お互いの立場がある。そんな中で、タップを通して、チームとなる。ずっと一緒になんていられるわけはないという事も重々わかっている。でも、この一瞬だけ、みんなも夢に見たはず。カーネギーホールで踊ることも。現実にはこの収容所の泥だらけのグランドで踊ることすらままならないのに。これはそんな映画なのだ。圧倒的なダンスシーンや、音楽の洪水。華やかで心弾む映画だ。