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映画・演劇のレビュー

『ホワイトハウス・ダウン』

2013-08-28 21:20:32 | 映画
 先に公開された『エンド・オブ・ホワイトハウス』とまるで同じ題材とストーリー展開をもつ映画である。競作というよりも、どちらかが盗作だと言われても仕方ないくらいのそっくりぶり。原作があるのなら、後出しのほうは、その見識を疑われる。オリジナルストーリーならば、普通なら後から制作される方が遠慮すべきだろう。たまたま同じ企画が同じ時に出た不幸がこれらの映画だ。だから、アメリカではどちらも先に公開を望んだ。二番煎じにはなりたくないからだ。

 残念ながらこちらの方が後になった。本命は後から、となればよかったのだが、2本見た結果、前者に軍配を上げる。今回のエメリッヒ作品はあらゆる面で、『エンド・オブ・ホワイトハウス』に劣る。

アクションの派手さ、ストーリーのおもしろさ、映画のテンポのよさ、SFXの見事さ、どれをとっても負けている。後発の作品がこうではヒットは望めないだろう。大体、新鮮さという武器がないだけでもハンディがあるのだ。公開が前者は6月で、これは8月。こんなに接近していれば、お客さんはわざわざこれを見ようとは思わないだろう。僕のように2本とも見るような奇特な人は少ないし。アメリカでも同じで、こっちはヒットしなかったようだ。仕方ないことだ。

だが、この作品自身がつまらないわけではない。比較するからそうなるのだ。単体としてのこの映画はとてもよく出来ている。のんびりしたタッチで悪くはない。2作品の比較も僕の個人的な好みでしかないのかもしれない。明るくてちょっと間延びしてそれなりに派手。こういうのが好きな人は多いから、アメリカでもこっちを先に公開したなら、もっとヒットしたのではないか。残念。

でも、どんどん大統領が変わる終盤の展開には笑える。あんな簡単に変わっていいのか? まぁ、普通そんなふうにどんどん死なないけど。しかも主人公の議会警察官が、どちらかというと情けない男のはずなのに、超人的大活躍をして、大統領を守り切る。いくらなんでもあれはやりすぎ。『ダイハード』以上だ。しかも、彼の11歳の娘も凄すぎ。ここまでされると、リアリティーがない。まぁ娯楽活劇なんで細かいことには拘らないのがエメリッヒのいつもの姿勢で、そんなことわかりきっているから、何も考えずに単純に楽しめばよい。

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