『恋愛写真 もうひとつの物語』

　　この繊細な物語を理解できる人は、きっと少ない。市川拓司の『今、会いに行きます』があれだけの大ヒットを飛ばしたのは、あの小説、そして映画がファンタジーとしての衣装を纏っていたからである。誰もあんな話を現実だとは信じたりはしない。

　しかし、市川拓司本人は大真面目に信じている。死んでしまった妻が雨の日に蘇ってきて彼らのところにやってきたり、彼女がアーカイブ星から来たなんていうことの、一つ一つを信じてる。記憶を失っているけど彼女は彼女であり、それは夢や幻ではない。

　そのことをはっきりさせたのが、この『恋愛写真』という小説だろう。ここにはファンタジーの要素は一切ない。リアルな恋愛小説である。だけどこれを読みながら今時、ジュニア小説（そんなものまだあるのだろうか）でも、こんなピュアな恋愛物語はない（はずだ）と思わせる。『いま、会いにゆきます』よりもこっちのほうがずっとファンタジーではないか、と思わせるくらいなのである。

　だけど、市川拓司はこんな男女の物語が現実にあると信じて疑わない。生涯でたった一度のキスを一生分の思い出として生きていく男女。そんなバカな、とすれてしまった僕たちは思う。だけど本当の恋とはこんなものなのだと市川拓司は考える。心も体も一心にひとつの方向に向かい、相手の事を何よりも大切に思うから、相手を困らせたりしない。

　この小説の映画化作品がヒットしなかったのは、『今、会いに行きます』の二番煎じだと敬遠されたからではない。映画が描こうとしたものがあまりにリアルだったから、みんなは恥ずかしくてまともに見れなかったからである。原作の想いを丁寧に掬い上げた映画『ただ君を愛してる』は主役を演じた３人も素晴らしく感動的な映画だった。しかし、観客の反応は良くなかったようだ。この映画の純粋さについていけなかったのである。大塚愛の主題歌はヒットしたのに、映画はヒットしなかった。

　でもそれは、当然のことかもしれない。でもいつか、人が人の本来の心を取り戻したなら、その時にはこの優しい映画はみんなの心に届くであろう。そんなふうに原作者である市川は考える。

　この小説とあの映画はまるで双子のようによく似ている。そんな当たり前のことすらなんだか奇跡に思える。

　余談だが、堤幸彦監督の『恋愛写真』という映画がある。これはこの小説の原作となった作品である。小説は映画をもとに描かれたノベライズである。しかし映画とこの小説はまるで似ていない。そして、今回この小説を原作として作られたのが『今君を愛してる』なのだ。当然の事だが、２本の映画も全然似ていない。