『800』の川島誠の4年振りの新作だ。進学校の通う高校3年の男の子が主人公。これは、彼の、春から夏の終わりまでの物語だ。最後のインターハイ予選、5千メートルで、南関東大会に出場する。でもこれはこの大会をクライマックスにした熱血青春小説、なんかではない。彼の小説は『800』の頃と同じで、スポーツを扱いながらも、スポコンにはならないし、こんなにも体温の低いスポーツ小説はないのではないか、と思わせる。
と、いうより、これは陸上を描いてはいるけど、競技自身がテーマとなることはない。走ることの意味なんか、まるで描かれない。だいたい後半はクラブを引退してからの話だ。
自分が、何がしたいのか、わからない。ただ、今は走っているけど、引退したら何もすることがなくなった。みんなは受験に必死になっているけれど、彼には行きたい大学もないし、やりたいこともない。走ることが好きだから、大学に行ってまた陸上をしたい、とかいうわけでもない。じゃぁ、何なのか? 自分でも、よくわからない。
女の子と付き合って、ただセックスをして、無為に時を過ごす。好きだから、とか、そんなのはない。無気力というのではない。焦っている、というわけでもない。自分の中に目的がない。
結婚して、子どもが生まれたばかりの長兄が、海で事故死した。物語の最初の方で、描かれる。これはたぶん彼にとって、大きな事件だ。でも、そのことがきっかけで、何かが起こる、というのではない。そんなことがなくても、彼の今の状態は変わらない。もちろん、少しは影響しているだろうが、それがすべてではない、ということだ。
インターハイに出場出来たとしても、変わらない。(出場はかなわなかったが)後輩で、彼にあこがれて同じ高校に入った篠原と付き合う。彼女と2人で、インターハイの最終予選に出る。彼女はインターハイへの出場権を獲得する。そのことが2人の関係に影響を与えるわけでもない。誘われるまま、彼女の母親と関係を持ってしまい、そのことが当然のことだが、2人の関係にひびを入れてしまう。たとえ、そんなことがなくて、彼女と上手くいって、セックスをしたとしても、たぶん彼は変わらない。
何かが彼の人生に影響を与えることはない。学校に行く気がしなくなったのも、教師に暴力を振るってしまったのも、ただの偶然でしかない。ならば、何が彼をこんなふうにしているのか。それは本人にもわからないし、この小説を読んだ僕らにもわからない。ただ、漠然と心の中に空白が出来て、それがどんどん広がっていき、自分でもどうしていいのか、わからないだけなのだ。
誰でも多かれ少なかれ、こんなことってある。ただ、みんなは、そこにとらわれることなく、それを流してしまう。目の前の慌ただしさの中で気づかないフリして、やり過ごすだけだ。とは言っても、特別彼が真摯に自分と向き合っているというわけでもない。ただ彼はそれをありのまま受け止めてしまうだけなのだ。真面目と言えば真面目なのかも知れないが。
ラストシーンで、彼が、夜が明けたら、ただ海辺を走ってこよう、と思う。走ったからといって、何が起こるわけでもない。そんなことはわかっている。だが、ただ、走りたいと純粋に思った。それだけのことなのだ。そんな幕切れが、なんだかとてもすがすがしい。このもやもやして、不快感ばかりが残る小説のラストとしては意外なくらいに。
と、いうより、これは陸上を描いてはいるけど、競技自身がテーマとなることはない。走ることの意味なんか、まるで描かれない。だいたい後半はクラブを引退してからの話だ。
自分が、何がしたいのか、わからない。ただ、今は走っているけど、引退したら何もすることがなくなった。みんなは受験に必死になっているけれど、彼には行きたい大学もないし、やりたいこともない。走ることが好きだから、大学に行ってまた陸上をしたい、とかいうわけでもない。じゃぁ、何なのか? 自分でも、よくわからない。
女の子と付き合って、ただセックスをして、無為に時を過ごす。好きだから、とか、そんなのはない。無気力というのではない。焦っている、というわけでもない。自分の中に目的がない。
結婚して、子どもが生まれたばかりの長兄が、海で事故死した。物語の最初の方で、描かれる。これはたぶん彼にとって、大きな事件だ。でも、そのことがきっかけで、何かが起こる、というのではない。そんなことがなくても、彼の今の状態は変わらない。もちろん、少しは影響しているだろうが、それがすべてではない、ということだ。
インターハイに出場出来たとしても、変わらない。(出場はかなわなかったが)後輩で、彼にあこがれて同じ高校に入った篠原と付き合う。彼女と2人で、インターハイの最終予選に出る。彼女はインターハイへの出場権を獲得する。そのことが2人の関係に影響を与えるわけでもない。誘われるまま、彼女の母親と関係を持ってしまい、そのことが当然のことだが、2人の関係にひびを入れてしまう。たとえ、そんなことがなくて、彼女と上手くいって、セックスをしたとしても、たぶん彼は変わらない。
何かが彼の人生に影響を与えることはない。学校に行く気がしなくなったのも、教師に暴力を振るってしまったのも、ただの偶然でしかない。ならば、何が彼をこんなふうにしているのか。それは本人にもわからないし、この小説を読んだ僕らにもわからない。ただ、漠然と心の中に空白が出来て、それがどんどん広がっていき、自分でもどうしていいのか、わからないだけなのだ。
誰でも多かれ少なかれ、こんなことってある。ただ、みんなは、そこにとらわれることなく、それを流してしまう。目の前の慌ただしさの中で気づかないフリして、やり過ごすだけだ。とは言っても、特別彼が真摯に自分と向き合っているというわけでもない。ただ彼はそれをありのまま受け止めてしまうだけなのだ。真面目と言えば真面目なのかも知れないが。
ラストシーンで、彼が、夜が明けたら、ただ海辺を走ってこよう、と思う。走ったからといって、何が起こるわけでもない。そんなことはわかっている。だが、ただ、走りたいと純粋に思った。それだけのことなのだ。そんな幕切れが、なんだかとてもすがすがしい。このもやもやして、不快感ばかりが残る小説のラストとしては意外なくらいに。