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これを見なければ、と思った。この秋から冬にかけて彼の2本の映画を続けて見た。まずは『サボタージュ』だ。がっかりした。久々のシュワルツェネッガー渾身の一作と期待しただけに、肩すかしを食らった気分だった。なぜ、ダメだったのか、考えた。中途半端な商業映画になったのが一番の問題だろう。それはシュワルツェネッガーが悪いのか? スターを主役に据えた映画の限界なのか。
だが、そんな考えは次の映画で吹っ飛んだ。『フューリー』だ。こちらは現役のスター、ブラッド・ピット主演の大作である。なのに、まるで中途半端な商業映画ではなかったのだ。渾身の力作である。
この違いはどこから生じるのか。2人のスターたちの立ち位置の違いか。監督である彼のアプローチの違いか。製作陣の姿勢か。映画はプロデューサーの意向が大きく反映される。特にハリウッドでは。彼は変わらない。3本とも、群像劇だ。主人公は確かにいる。だが、彼を目立たせるための映画ではない。
そう、3本とは今回見た『エンド・オブ・ウォッチ』を含む3本のことなのだ。実はそこを確認するためにこの彼の出世作をレンタルしてきた。もちろん、ぞっと見たかったからだが、なかなか機会を作れなかった。だが、2本を見て、今でしょ、と思った。そして、どんぴしゃ、だった。この原点があるから、『サボタージュ』の失敗と、『フューリー』の成功がある。
ロス市警の24時をドキュメンタリータッチで描く本作が目指したエンタテインメントこそが彼の姿勢だ。手持ちカメラによる迫真のリアルドキュメントは一歩間違えると安いフェイク・ドラマにもなりかねない。だからこれはとても危険な作り方なのだ。だが、これこそが彼の目指す映画だ。
今年見た2本もまた、いずれもその延長線上にある。そのことがこの映画を通して明確になった気がして、うれしい。もちろん、そんな事実確認が目的ではない。これはまずこれだけで傑作で、この1本を単体で鑑賞して構わない。
最初は誰が誰だかすらよくわからない。でも、徐々に主人公は2人に絞られてくる。どこにでもあるバディ・ムービーになるのだ。一見、マイナーな低予算映画のように見せかけて、その実は定石を踏まえたメジャー映画なのだ。だいたいキャスティング(ジェイク・ギレンホールが主演だ!)からしてそうではないか。
だから、シュワちゃんとか、ブラピとタッグを組めるのだ。だが、そこで彼は妥協しない。いや、『サボタージュ』では、妥協してしまったから、あんなことになった。その失敗を踏まえた『フューリー』は成功した。それでいいではないか。
これもまた、感動的な映画になった。この原点を今、目撃してよかった。デビット・エアー監督の新作が楽しみだ。