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映画・演劇のレビュー

梨屋アリエ『夏の階段』

2010-03-31 21:34:17 | その他
 5つのエピソードからなる短編集。高校に入学して、新しいスタートを切ったこどもたちの群像劇になっている。

 うまく人とつきあえない不器用な少年少女たちが、それぞれ、自分とむきあい、自分に出来る範囲で努力して、日々の生活を送りゆく姿は、読んでいて胸にしみる。決してうまい小説ではない。『スノウ・ティアーズ』を既に読んでしまった以上は、このたった1年半前のこの作品が、とても幼いものと見えることは事実だ。しかし、これは『シャボン玉同盟』同様、確かに梨屋アリエの世界観が刻み込まれた作品だ。ファンタジーすれすれのところで、こどもたちの確かな日常をしっかりみつめていく作業は、今までもたくさんの人たちがしてきたアプローチに近いものであるにもかかわらず、彼女ほど、リアルにそれを成し遂げつつある作家はいない。

 今回の作品には不思議体験は、全くないけど、充分「不思議ちゃん」に近い人たちが登場する。最初のタイトルにもなっている作品の【純粋階段】なんていう設定からして、ファンタジーの入り口をちゃんと示している。取り壊された家のアプローチ部分の階段のみが残されたままになっていて、そこを上りたいと思う少年、玉木崇音の話だ。そこにはただ階段があるだけ。階段は本来どこかに誰かを連れて行くための装置なのだが、この階段はそのような機能は持たない。

 なのに彼は、そのたった7段ほどの階段の上に行きたいと願う。たとえ行ったとしても、そこには何もないことはわかっている。本当ならそこから家に中に入るはずなのだが、その家はもう今はない。体験する前から結果は見えている。だいたい体験なんていうほど大袈裟なものではない。上りたかったら一瞬で上れる。何秒もかからないだろう。そして、きっとがっかりする。崇音の夏はこの階段を上るところから始まる。

 小説全体の主人公は崇音がこの階段で出会うクラスメートの少女、遠藤環だ。タマキつながりのこの2人の出逢いから5つの短編連作は始まる。環が狂言回しになり、4人の男女が登場する。いずれも同じクラスの仲間だ。入学当初、環が誘い込み一緒にプリクラを撮った5人だ。彼らが各エピソードの主人公だ。当然、ラストは環自身の話となる。

 ヘッドホーンをして、周囲を拒絶し、世界と壁を作る崇音。中学の卒業式の時、付き合っていたはずの男の子から振られてしまい人間不信に陥る千映見。登校拒否になった妹が大好きで、彼女を愛していると思い詰めるシスコンの和磨。自意識過剰でみんなからちやほやされなくては不安になる河野。そして、みんなに明るく振る舞いながらも、実は中学時代登校拒否になり、高校デビューを図るがなかなかうまくいかない環。

 1枚のプリクラで結ばれた5人の少年少女の高校1年の時間が描かれていく。幾分甘いジュニア小説だが、梨屋ワールド全開の素敵な作品だ。


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