横内謙介のこの戯曲を今取り上げるのか、という驚きがある。最初、チラシを見たときにはこのタイトルなのに、あの戯曲だとは当然思わなかった。まるで想起させるものがないからだ。石塚朱莉という女の子(というか、女性が)があの放火魔の少年ツトムを演じる。この30年くらい前の台本を今頃よみがえらせるのはなぜか。これは彼女のプロデュースなのだろうが、それにしても、作品選定があまりに渋すぎて、そこに何を見たらいいのか、よくわからないまま、見ることになる。彼女はこの台本の、どこに心ひかれたのか。サブタイトルである「放火魔ツトムの優しい夜」が消えている。もっとシンプルにこの作品の世界観を伝えたかったのだろう。
演出は七味まゆ味。とても丁寧に作られたアイドル芝居。彼女は石塚の魅力をしっかりと引き出すことに成功した。ひとりの役者として、この芝居を支えながら、自分自身もちゃんと輝く。決して芝居がうまいというわけではない彼女を支えて、彼女を中心にして、劇世界が展開する。
とてもわかりやすい芝居でもある。華やかで、でも、寂しい。少年が少女と出会い、時空を超えた旅をする。この場所を巡るお話は彼の放火という意志表示を覆す。少年の犯罪は夜の魔法だ。このファンタジーが見せたいものは、孤独な少年と少女が自分を発見するまでの心の旅である。単純でわかりやすいお話が、でも、その不思議な世界で、自由自在に広がる。
とても優しい作品に仕上がっていて、2時間が気持ちよく過ごせた。石塚朱莉と一緒にこの夜の世界を旅する。そんな芝居にちゃんとなっているのがいい。