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映画・演劇のレビュー

藤谷治『いつか棺桶はやってくる』

2009-10-23 20:16:06 | その他
 まるで安部公房を読んでいる気分だ。要するにわけのわからない話が有無を言わさずに展開していく、ということだ。独特のテンポが心地よい。

 いきなり妻が家出して、次から次へと謎の事件が彼のまわりに起こる。だいたい彼が勤める研究所も怪しいし、そこでの研究がまた、さらに怪しさ2乗。謎のプロジェクト「まむし」ってなんだ? だいたい彼と彼の妻の成り染めがまた怪しさ3乗。この先どうなるのやら、気になる。

 今、半分くらいまで読んだところだ。けっこう淡々としたタッチで異常の事が運ぶ。話は直線的ではない。現実の出来事とはとても思えないお話なのだが、SFとか、シュールな幻想小説だとかいうわけではない。ありえない話がなんでもない日常のように描かれる。がたがたうるさいことは言わない。こんなことが起きていくのだから仕方ないことなのだ。彼はそれを受け止めて、出奔した妻を捜すしかない。

 とは言え、彼はそれほど妻(すごい美人!)のことを大切には感じてないようで、だから行方不明の妻を捜してるくせにやけに冷静で、しかもテンション低い。こんなことでいいのか、と思うが、小説の中で主人公に熱くなられても読者である僕は困るから、このくらいがちょうどよい。こんな話なのに、なぜかワクワクドキドキはさせない。そのくせ、実に面白く、読んでいてまるで退屈しない。なんとも不思議な小説である。

 今後の展開はまるで予測はつかないが、気にならない。ただ、なんとなくページを繰るだけだ。いつか終わりはやってくる。今は、それを気長に待つだけだ。

(ここからは読後の感想)

思ったよりも当たり前の話で終わったのにはがっかりした。この手の小説はどうしても広げた風呂敷をうまく畳むことができない。後半は話が広がらないまま終息していくこととなった。空港から長崎駅に向かう途中でバスから降りてしまい高速道路の途中で往生するなんてまるで『1Q84』ではないか。まぁ、これのほうが古いから『1Q84』がパクリなのだが。(まぁ、村上春樹はこの小説を読んでないだろうが)夜中の高速で降りてしまい闇に中を彷徨う。力尽きてそのまま眠りに就く。その後、朝になり民家を捜し、ようやくとある村に行きつく。ここからは一気にラストまで流れ込む。ちょっとあっけない。

 妻との再会がクライマックスになるのは予測していたが、お話を「まむし」の実用化に向けていかないのはいい。世界を破滅に追い込む研究だなんていう荒唐無稽を追いかけると出来損ないのSFになるだろうから。

 夫婦の問題を結論に用意する。そこで夫は「いつかやってくる棺桶を見つめていたら、生きていくことは無意味なだけだ」という答えを用意する。妻は「あなたは間違っている」と否定する。妻が言っていたように世界はすべてがつながっている。彼はその事実に気付く。なのに2人は近付かない。こんなにもずっと一緒にいた妻は相変わらず果てしなく遠い。彼女の不在から始まったこの物語は2人が再会し、改めてお互いの距離を知るところで終わる。ここでもうひと押しが欲しかった。

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