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映画・演劇のレビュー

飛鳥井千砂『はるがいったら』

2010-01-13 22:25:41 | その他
 ほんの少し読んだだけでこの小説が好きになった。『アシンメトリー』で初めて彼女の本と出会い、もしかしたら僕は好きかも、と思ったが、このデビュー作を手にして、彼女の作る世界の虜になった。

 なんでもない話だ。姉と弟がいて、2人は今は別々に暮らしている。両親が離婚して、園(姉)は母親に引き取られ、行(弟)は父親と暮らす。やがて、父親は再婚し、兄と新しい母ができた。

 そんなふうにして時間は過ぎていき、心臓が悪い行は、1年留年し、高校3年になった。園は短大を卒業し、一人暮らしを始める。就職してデパートで働いている。21歳になった。

 交互にふたりの独白が綴られていく。幼い日公園で拾ってきた犬のはるは、今では14歳になった。もうよぼよぼの老犬で、立ち上がることすらできない。タイトル通り、はるが死んでしまうまでのお話である。静かに2人の日々が綴られていく。

 完全でなくては生きていけない姉と、なんでも受け入れてしまう弟。上手く生きれない2人の姉弟が、お互いを意識しながら、でも別々の場所で生きてる。そんなふたりのそれぞれの出来事を、淡々と描いていく筆致が読んでいてとても心地よい。何がいいとか、どうだとか、は上手くは言えない。なんとなく、でも、とても好きだと思う。

 ここに出てくる人たちのひとりひとりがなんだか愛おしいのだ。それはもちろん主人公の2人だけでなく、隣に住んでた恭ちゃんや、血の繋がらない兄の忍や、唯一の親友である美佐や沙織さん、なっちゃん、隣の小川くん、ごっちゃにして書いたが、この2人が関わるすべての人たちが、である。そして、その誰もが、不器用で上手く生きれない。

 話が淡い。このメリハリのなさがいい。生きてることってそんなふうにぼんやりしたものだ。小説や映画とは違う。これって小説なんだけど、お話ではなくて、現実のこの世界での出来事のように思える。リアルというのとも、なんだか違う。このなんとも言い難い感触が好き。

 園は恭ちゃんと付き合ってる。でも、恭ちゃんは沙織さんという恋人がいて、2人はもうすぐ結婚する。沙織さんはいい人で綺麗だし、恭ちゃんは彼女を心から愛してる。なのに彼女を裏切る行為をしている。みんながみんなそんな感じなのだ。なのに、彼らを憎めない。世の中にはどうしようもないことがある。園の職場の同僚たちもそうだ。化粧が臭いと園が思う西野めぐみも、あんなこと(ネットで園を中傷する、いたずら電話や、手紙を送りつけてくる)するのに、悪い奴とは思えない。今、隣住む小川くんもいい人だ。

 行が、幼なじみでずっと仲よしのなっちゃんと気まずくなるのも、仕方ないなぁ、と思う。同じ病室の宮本さんとその彼女の話もそうだ。忍は彼なりに気を使ってくれている。

 ただ流されるまま生きていくように見えて、でも確かに自分の意志で生きてる。はるは死んでしまうが、それは仕方ないことだ。14年も生きて、天寿を全うした。だから、園も行も泣かない。みんながみんなしっかりと自分を受け止め生きる。そんな彼らが愛しい。

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