習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

トリコ・A プロデュース 『つきのないよる』

2015-11-04 23:02:04 | 演劇

白いテーブルと椅子。3つ並んで、倒れている。まるで、その状態が正しいように。その始まりの風景から、一気に作品世界に引き込まれてしまう。背中を黒く塗った服も象徴的だ。

死刑囚と彼女のもとに通うルポライター。取材のために、彼女と出会い、やがて獄中の彼女と結婚する。だが、それはフェイクだ。出版社の先輩から依頼され、偽装結婚を持ちかけられた。1月に1回。面会は15分。たったそれだけの時間心を偽ることで、それなりの報酬が約束される。最初は面会に行くだけ、だったが、恋人を装い、結婚するように要求される。その過程を記事にする。本当の恋人にはその仕事を隠して、(言えるわけもない)何事もなく、暮らす。

彼女は決して美人だというわけではない。なのに、そんな彼女に騙されて、殺される。武田文操美が演じる。彼女の凛とした佇まいが、美しい。まるで慈母のような微笑み。そこには何の企みもない、と思える。彼女の出自が並行して描かれる。誕生から犯行まで。父と母のこと、子供時代から、家庭環境。

繰り返される面談。やがて、婚姻届を出し、幻の子供を育てる1年半の歳月。(その間で、子供は5歳になり、小学生になる。)女の嘘につきあい、一緒に存在するはずもない子供を育てる芝居につきあう。

「たった15分でも、死ねと言われたら、もう一生死んでるんだよ。」と言う。でも、敢えてそれを選ぶ。

彼女のしたことを描くのではない。獄中での彼とのやりとりだけが描かれる。そこに、未遂に終わった男との話、両親の話、男と彼の恋人との生活が挟み込まれる。それら周辺の出来事を通して死刑囚となった彼女の心の空洞を描く。結果的にそこにつけ込むことになる男は、やがて、お金のためではなく、彼女に惹かれ、共犯者となる。幻の結婚、出産、子育て、釈放。監獄の中で一時の夢を見る。

こんなにも、心に痛いのは何故だろうか。男たちの弱い心につけ込んで、静かに寄り添う女。騙したのは誰か。騙されたのは誰か。男と女の間にそういう関係を突き付けることで、これは事件ではなく、男女の普遍すら描くことになる。


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