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映画・演劇のレビュー

『夏時間の庭』

2010-03-02 23:12:08 | 映画
 とても心に沁みる映画だ。おばあちゃんの75歳の誕生日。みんなが集まってくる。一族が勢揃いしてパリ郊外の彼女の家に集まる。広大な庭と美しい自然の中にある夏の別荘。いつもなら静かなこの場所がたくさんの訪問者でにぎわう。子供たちがはしゃぐ。広々とした庭先のテーブルで、大人たちは杯を重ねる。みんながおばあちゃんにプレゼントを贈る。

 パーティーが終わると、一瞬でみんなが去っていく。忙しい時間をやりくりしてここまで来た。のんびりしている余裕はない。おばあちゃんは、ひとりここに残される。そしていつもの時間が戻ってくる。オリヴィエ・アサイヤス監督作品。彼の映画を見て初めて感動した。今まではなんだか乗り切れないことが多かったのに今回はこんなにも自然に受け止められた。

 パーティーが終わった後、ゆっくりと画面はフェードアウトする。ここまでで40分くらいか。ここから後半戦だ。彼女の死後、彼女の残した膨大な美術品の数々が残される。映画の後半は、それをどうするか、ということが描かれる。だが、遺産相続を巡る醜い争いが描かれる、というのではない。

 緑溢れる広大な庭と、かつてアトリエとして使われていた家。ここには彼女の秘めた想いや、三兄妹の懐かしい思い出のすべてが詰まっている。だから、本当なら処分したくはない。けれど「思い出や秘密は私と共に消えてゆく」だから、自分が死んだなら、すべてを処分して欲しいとパーティーの時に彼女は長男に言っていた。

 彼女はやがてくる自分の死を覚悟し、子供たちへの負担を軽減すべく心を砕くのだ。この家にある膨大な美術品はとんでもなく高価なもので、これに値を付けたならすごい額となる。遺産相続にかかる税金だけでも半端ではない。

 彼女の世話をしていた家政婦の老婆は形見分けとして、贅沢なものはいらないからと、思い出の品として地味な壺をひとつもらって帰る。屋敷にはその壺と同じものがもうひとつがあり、それは後日美術館で陳列される。ということは、あれはすごく高価なものなのだ。このエピソードはこの映画の本質をさらりと提示する。必要なものは高価で贅沢なものではない。静かで穏やかな時間だ。幸せな人生を送ること。それだけでいい。

 お金なんかでは変えられないかけがえのないものがある。高価な美術品に囲まれていても幸せではない。彼女にとって大切なことは、自由に生きた時間だ。子供たちや、孫たちの囲まれて過ごす夏時間の記憶。この映画はそれだけが描かれた、と言っても過言ではない。だから、彼女の死後の後半部分はその確認作業に過ぎない。


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