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映画・演劇のレビュー

三浦しをん『神去なぁなぁ日常』

2009-09-15 22:58:13 | その他
 この秋、ついに映画化された『風が強く吹いている』が公開される。脚本家として数々の傑作を書いてきた大森寿美男がこの作品で監督デビューする。ずっと前から楽しみにしていたが、なかなか公開が決まらなかった。ようやくである。原作は1昨年の広瀬のベストワン小説だ。箱根駅伝を舞台に弱小陸上部(駅伝に出れるだけの部員すらいない!)の挑戦が描かれる。あのすごい小説がどんな映画になるのか、一刻も早く見たい。

 さて、あの小説を書いた三浦しをん。彼女の新作は、あの傑作を凌ぐくらいにおもしろい。なんだかこの人はこういう熱血ものになると、凄く気合が入る。ぐたぐたエッセイとは人が変わった見たいで驚く。

 今回はなんと林業である。高校を卒業したばかりの少年が山村留学ではないが、山の中に連れて来られ見習いとして林業に携わることになる。最初はあまりのことに逃げ出そうとするが、だんだんこの仕事の魅力に囚われていく姿が描かれる。

 田舎の人々の優しさにほだされるとかいうのではない。結構無茶苦茶な人たちの中で、もまれていくうちに彼が変わってくる。単純な話だが、単純に描かれるのではない。丁寧に一つ一つの状況を描き、ここでの日常を等身大に追いかけるうちに、たいへんなことばかりだが、それさえもここの魅力となる。

 これも一種の青春小説だ。恋愛も描かれる。ユーモアに満ちている。自然の中で心洗われる。こんなふうに書くとすごくありきたりに思えるだろうが、そうではない。こんなに気持のいい小説はなかなかない。

 神去村で暮らす彼らの日常はこんなにもスリリングなのだ。それは都会で生きる人間が田舎暮らしに接し感傷的になるからではない。生きることの実感が損なわれる都会暮らしとの対比とか、そんなケチなものでもない。彼らのあたりまえがこんなにも新鮮なのは、僕たちが大切な何かを失っているからだ、ということは確かだろう。その事実はある。だが、この小説はそのことを訴えるメッセージ色の濃いものとはまるで違う。

 確かにその答えもこの小説の中にはあるにはある。だが、なにより大事なのは、このただの日常である。ここでの毎日は同じことの繰り返しだ。山に入り木を切る。家に帰って疲れて寝る。ここには何もない。携帯の電波も届かない。娯楽もないし、年頃の女の子なんて誰もいない。(まぁ、ひとりだけいるが)そんなところでの1年間の生活を経て彼はここで行きたいと思う。一人前のきこりになるために。林業なんてありえない、と思っていたのはほんの1年前のことだが。

 クライマックスの神木に乗って山を下る凄まじい場面は手に汗握る。宮崎駿が映画化したいと思うのも「さもありなん」だ。あの躍動感を宮崎アニメならどんなふうに表現するか、ぜひ見てみたい。素材としては高畑勲向けではないかとも思うが、これを宮崎駿がどう見せるか興味津々だ。ぜひ、映画化を実現してもらいたい。

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