湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

ドビュッシー:神聖な舞曲と世俗的な舞曲

2009年10月08日 | ドビュッシー
○グランジャーニ(hrp)F.スラットキン指揮コンサートアーツ弦楽合奏団(capital/EMI)LP

同じ音盤を何度書くんだって話だが、こんかいは再生機器によって印象がこうも変わるかという話。ギタリスティックで男らしい演奏と書いていたけれども、わりと自然な環境で聴くと気にならない。音色が比較的モノトーンではあるのだが音楽が音楽だけに、それそのものの色は明らかに聴こえてくるし、野太さというのはマイクセッティングの問題のようだ、聴取環境によって不自然さは十分吸収できた。ラスキーヌらのような女性ハーピストならではの軽やかな幻想は無い。しかし、律動と緊密さの中に香気が程よく漂う細やかさで、アングロサクソン的なアンサンブルの中にあるからか、英国の演奏を聴いているような、穏やかで、サロン的過ぎない純音楽的感興をおぼえる。技巧的には完璧。○。
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ラヴェル:序奏とアレグロ

2009年10月08日 | ラヴェル
○コンサート・アーツ弦楽合奏団、グランジャーニ(hrp)他(capitol/EMI)LP

グランジャーニ(グランジャニー)は女性ハーピストという記述を最近読んだのだが、そうするとこのジャケットに写っているロマンスグレーは別人なのだろうか。悪名高かったandanteでCD化した演奏とは一応データ上違っている、結構有名な、そして案外中古が出回っている演奏である。以前、男らしい演奏、と書いた覚えがあるが、時間をあけて改めて聴くとそこまで野太い演奏でもない。ラスキーヌほど繊細で完璧なリリシズムは醸されず、相対的には幻想性も薄いが、それでもリアルな触感の演奏としては強すぎず弱すぎず、アンサンブルの調和のとれたこなれた演奏に聴こえる。アメリカの演奏らしくニュアンスは程ほどで、強いインパクトも深層心理に訴えかけるものも無いが、ラヴェルにしては書法がこなれていない機械的な、楽想も変化も乏しい(楽想に乏しいのはラヴェルの後年までの特徴だが)序アレが余り得意ではない私でもさらっと聴ける。楽団の実体はフェリックス・スラットキン系だろう。○。
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グラズノフ:5つのノヴェレッテ~Ⅲ.ワルツ

2009年10月07日 | グラズノフ
○ヴィルトゥオーゾ四重奏団(HMV)SP

サロン的な小品でこれだけ単独でアンコールピースとされることもある(この小品集自体「余り埋め」で抜粋されることが多い)。グラズノフ独特のハーモニーや旋律線の癖、ボロディン的マンネリズムが割と薄い曲ではあるのだが、ロシア人の「ウィーンへの憧れ」を上手に取り出し、仄かな感傷性を浮き彫りにした、英国人らしい上品な客観性のある演奏となっている。やはり上手いのかなあ。SPは高音の伸びがどうしても聴こえづらいので、高音を多用するボロディン的な曲ではマイナスなのだが、簡潔な曲なのでそこは想像力で十分。○。
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ビュッセル:ハープと小管弦楽のための小協奏曲

2009年10月06日 | フランス
○作曲家指揮ラムルー管弦楽団、ラスキーヌ(Hrp)(HMV他)SP

これはまったくラスキーヌが素晴らしい。というかラスキーヌを聴かせるための録音だろう、オケなんてほとんど聴こえない。後年豪腕オバサンになった頃にも失われなかったきらめきが、若さゆえの軽やかな快活さの中に弾けており曲の魅力をすら倍増させる。まるでともすると古臭いビュッセルの曲がドビュッシーのように新しく美しいものに生まれ変わったようだ。ペダル付きハープの右に出る者のいなかったラスキーヌ、この録音時には既に巨匠扱い。○。
Comments (2)
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ラヴェル:序奏とアレグロ

2009年10月06日 | ラヴェル
○ヴィルトゥオーゾ四重奏団、cockerill、murchy、draper(HMV他)SP

英国のSP録音は団体こそ無名で手堅いところが多いものの音がよく、古くてもかなり楽しめる。この演奏もロシアやドイツやフランスといったお国柄から離れて純音楽的に演奏しようという意図が程よくきいているところにかなり明瞭なハープの音が耳に楽しく、SPにはハープが似合うなあと思う。この団体の録音はそれほど多くは無いようだが一時期レコード会社肝入りで集中的にセッションが行われた記録がこうやって残っている。爽やかで変な艶もなく、なかなかラヴェルらしい演奏。○。
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シューベルト:軍隊行進曲(室内楽編曲)

2009年10月05日 | ドイツ・オーストリア
○サモンズ(Vn)スクアイア(Vc)マードック(p)(COLUMBIA)SP

ヴァイオリン、チェロ、ピアノトリオのための編曲、とあり、もっと編成が大きく聴こえるのだが録音状態や再生状態のせいかもしれない。実に音楽室的な音楽の音楽室的な編成による演奏で、でもここまでパキパキリズムをとって演奏できたら聴くほうも楽しいだろうなあ。○。
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チャイコフスキー:四季~Ⅵ.舟歌(ワイナー編曲)

2009年10月05日 | チャイコフスキー
レナー四重奏団(COLUMBIA)SP

さすがにこの音だと、ただ暗く地味なチャイコフスキー世界、という印象しか残らない。悪くは無いが、暗闇チャイコが好きな向きでないとどうにもやりきれない編曲に演奏だろう。ぱっとしない。
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パーシー・グレインジャー:岸辺のモリー

2009年10月05日 | イギリス
○フロンザリー四重奏団(COLUMBIA)SP

弦楽四重奏が原曲。国民楽派の流儀に従った愉悦的な小品で、しかしロシアやチェコのような体臭もしつこさもなく、音色は前時代的だがテキパキとしたフロンザリーQの演奏振りが更に聴きやすいものにしている。○。
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ディーリアス:ハッサンのセレナーデ

2009年10月04日 | イギリス
ベアトリス・ハリスン(Vc)マーガレット・ハリスン(p)(symposium他)1929/10・CD

ハリスン三姉妹の私的な記録なのだろうか、いかにも甘い初期作品の旋律をチェロ音域でロマンティックに描いており、ちょっと録音が悪いので楽しむまではいかないが、時代の雰囲気と、比較的若いころのディーリアスの思い描いた音楽のイメージが感じ取れるものである。個人的にはもっと自然に旋律の美しさをそのまま描くほうが入り易い。ちょっと胃にもたれる。ボロディンの中央アジア世界からくるオリエンタリズムの直の影響を受けていたころの歌劇作品からの編曲。
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ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」第二組曲

2009年10月02日 | その他ラテン諸国
○マルケヴィッチ指揮RIAS交響楽団(audite)1952-53・CD

やや録音が悪い。いかにも中欧的なしゃっちょこばった表現が聴かれ、音がいずれも四角く整形され、計算的な面白さや一歩引いた熱気といった部分で聴けるものはあるのだが、特徴的な演奏でもあるのだが、何かしら違和感がある。ただ最後だけ異様に伸ばしているのが印象的だった。聴けるので、○にはしておく。
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バーバー:弦楽のためのアダージョ

2009年10月02日 | アメリカ
○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(TAHRA)1956/9/21シャルトル聖堂live・CD

見事なレストア・リマスタリングがなされているが原盤(テープ?)の傷はどうやっても補えないところがあり、音像が不安定に聴こえてしまう。だが、「ミュンシュの凄み」は伝わる。アメリカ的な合理性の行き届いた技術と、もともとの持ち味としてある中欧的な磐石な響きを持つボストン交響楽団弦楽セクションの、異様な大編成にしても張り詰めて一糸の乱れも無い表現は、米国での演奏とは違う緊張感に溢れ、一期一会の瞬間の記録を聴いているのだ、という感覚に囚われる。ミュンシュらしい前のめりのテンポと自由にうねる野太い流れ、ライヴ感溢れるもののライヴ的な雑味が無い、それが特徴的。クーセヴィツキーの作った「BSOの芸風」を取り戻し、プロフェッショナルなわざで進化させたミュンシュ。ここに聴かれるロマンティシズムは原曲の古典的で密やかな佇まいからは遠く離れたレクイエムのそれではあるが、肉のついたロマンではない、宗教的な祈りでもない、現代的な「音楽」である。戦争犠牲者への餞であっても、それは叫びでも嘆きでもないのだ。しかしこれは原盤そのままではとても聴けなかった代物だろう。リマスタリングでそこまで想像させることができる程になっている、盤としての評価は高いが、原盤状態の悪さから○一つにしておく。
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ホヴァネス:交響曲第1番「追放者」

2009年10月02日 | アメリカ
○ストコフスキ指揮NBC交響楽団(GUILD)1942/12/6米国初演live・CD

世代的にはシベリウスの子というより「孫」というべきだろうか。遠雷のように轟くティンパニに強いブラスという、空疎で「北欧ふうの」響き、緊密な弦楽合奏、それにソロ楽器の息の長い旋律を重層的ではなく乖離的連続的に用いていく。響きは清澄で無駄に楽器を重ねるドイツ的な重厚さを避けている。それはRVWの方法に非常に似ているが、RVWほどの個性、特定の音律への執着は無い。1楽章においてはオリエンタルな趣味を感じさせるが実のところは民謡を源にしているであろう音線が特徴的、非常に耳馴染みのよい音楽は連続的に2,3楽章と続き、前記の「初期から中期シベリウス的書法」を消化したこなれた(ある意味無難な)表現を織り交ぜながら、やっと明瞭な民謡旋律が出てきてRVWやホルストら英国国民楽派に近い直接的表現が発揮される。いっぽうストコフスキの非凡なバトンテクニックが炸裂、弦楽合奏の緊密さは比類なき高揚をもたらし、あっさりと終わる。曲が短くすっきりまとまっており、ストコの広くばらけがちな棒もここでは恐らく曲との相性の問題であろう、あるいは手兵となるNBCSOとの連携のよさかもしれないが、そんなイメージを全く払拭するような素晴らしい出来・・・なのに客席反応は悪い。同時代の新作交響曲でもネオロマンチシズムが強いとはいえ、職人的で良い出来だと思うんだけどなあ。批判も受けた。○。NBCSOはやはり巧い。
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ガーシュイン:ガーシュインメドレー(編)

2009年10月01日 | アメリカ
○ワイエンベルク(P)アムステルダム・サキソフォーン四重奏団(brilliant)CD

落ち着いた室内楽編成の無声ガーシュウィンだがこれはこれで結構楽しい。清新だ。聞き慣れたフレーズも有名な節も、何か別物に昇華されたような、でもやっぱりガーシュウィン。ワイエンベルクも指回ってる。○。
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ムソルグスキー:交響詩「禿げ山の一夜」(リムスキー・コルサコフ編)

2009年10月01日 | ロシア・ソヴィエト
○ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(POLYDOR)SP

威勢のよいヴォルフ、ラムルー管時代の数多い記録の一つ。細部はめろめろで雑味はあるが、力で強引に引っ張り、速めのテンポをデジタルに揺らしながらイマジネイティブな音風景を紡ぎ出し、ノリよいオケ共々SPなりに楽しめる。まるでリストやグリーグをやっているようだが、媒体柄厚みがないからテンポ設定以外は描写音楽として平坦にも感じ、純音楽的な面もあるがこれは仕方ない。大局的には直線の「ヴォルフ節」なのでアレグロ突進系演奏が苦手な向きには、明るくカラフルな管楽器の饗宴のみを聴けと言っておこう。○。立派。
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