りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

If

2009-08-24 | Weblog
昔、広島市内に「広島アリーナ」というスケート場があった。

ボウリング場も併設された、典型的な高度経済成長期的な
娯楽施設だったが、さすがに今はもう閉鎖されて、
広島市民でも覚えている人は少ないかもしれない。

20年前。
僕は友人にとある女の子を紹介された。
当時、イヤになるほど時間を持て余していた僕は、
あまり深く考えずに、待ち合わせの場所に向かった。
季節は、夏から秋へと変わろうとしていた。
僕は、20歳になって間もなかった。

待ち合わせの場所に現れたのは、広島市内の短大に通う
同い年の女の子だった。
小さな女の子で、ショートヘアが印象的だった。

その後、どうしてそういう話の流れになったのかよく憶えていないが、
僕と彼女は広島アリーナへ行くことになった。
たぶん、まだ残暑が続いていたので、“涼しいところがいいね”的な会話を
交わしたのかもしれない。

僕は、スケートが好きだった。
上手くはなかったけど、それなりに滑れた。
しかし、彼女は生まれて初めてだった。
彼女はスケートリンクの手すりを握りながら、ゆっくりと氷上をヨチヨチと“歩いた”。
もう片方の手を、僕は握ってあげた。
彼女は真面目な子だった。
僕が他愛もない質問や言葉を投げかけるけど、それに“うん”、“はい”、“いいえ”と
答えるのに精一杯で、彼女は転倒しないことに必死だった。
まるで僕と遊びに来たのではなく、スケートを習いに来たような感じだった(笑)



つまらない娘だ。



そう、思った。
そしてその日の夜、スケートから帰ったあと、紹介してくれた友人に僕はその旨を電話で伝えた。
もちろん、“つまらない娘”という言葉にオブラートを何枚も包んで。
結局、彼女とは、それっきりになった。
今では名前も憶えていないし、どこで、何をしているのか、まったく分からない。
それどころか、この日記を書こうと思い立つまで、そんな彼女の存在なんて、すっかり忘れていた。



しかし。



今振り返ると、彼女に対してあの頃と違う印象が僕の中にあることに、自分自身で気づいた。
おそらくスケートに誘ったのは僕の方だったのだろう。
それなのに、イヤな顔ひとつせずについて来てくれて、そして一生懸命、生まれて初めての
スケートにつき合ってくれた。
氷上を“歩いていた”時、彼女の額に、うっすらと汗が浮かんでいたことも思い出した。
(不思議なもので、こうやって書きはじめると、その時の記憶が次々と甦る)
健気で、可愛い女の子じゃないか。



もしも、今の僕なら。



きっと、彼女に交際を申し込んでいただろう。
もちろん、受け入れたか断られたかは、この際、別問題だ。

だけど、後悔はしていない。
僕は何も後悔はしていない。
この出来事だけでなく、生まれて今まで起った出来事、
自分自身で決断した様々な事、すべてにおいて。



だけど、後悔はしていなくても、“If(もしも)”ということは、考えることがある。



誰にでもあるだろう?
“もしも、あの時こうしていたら、どうなっていただろう・・・”
こういう仮想。こういう仮定。こういう妄想(笑)
今回、日記に取り上げたのも、ふいに僕がそんなことを思ったからだ。
“もしも、あの時、僕が“可愛い子だな”と思っていたら、どうなっていただろう”って。

ある人が言っていた。

人生は、年を重ねるごとに“ If”が増えていく、と。
逆説的に言えば、“ If”が多い人ほど、その人の人生は充実している、と。
振り返って、僕には・・・。
来月40歳を迎える僕には、どれだけの“ If”があるのだろう。

昨夜遅く、明日が月曜日だというのに、僕は一人でドライブに出かけた。
その時、かつて広島アリーナがあった場所で信号待ちをした。
信号待ちのわずかな間、僕は紹介されたあの女の子ことを、20年ぶりに思い出したのだ。
しかし信号が青に変わると、僕はギアを変え、アクセルを踏み、再び車を走らせはじめた。

バックミラーを覗くと、広島アリーナがあった場所は、あっという間に暗闇に
呑み込まれてしまった。

僕はアクセルを踏み込んだ。
帰るべき家に向かって。
いつもの日常に向かって。
これからの僕に向かって。
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