「にじいろジーン 地球まるごと見聞録」古代ギリシャ人によって拓かれた紀元前からある街、ナポリ。
地中海に面したイタリア南部にあり、ヴェスヴィオ火山を東南にひかえている。
ヴェスヴィオ火山の噴火で街全体が厚い火山灰で覆われてしまったポンペイは、さらにに東南にある。
港町ナポリは、やはりシーフードがいい。
目の前の海で獲れる多くの魚介の中でも、特にタコ好きなナポリ人。
「リストランテ・ウンベルト」では、そのソウルフードが楽しめる。
タコのマリネもいいけれど、一番はタコのトマト煮込み。
熱したたっぷりのオリーブオイルにタコを入れ、ざくぎりトマトとともにじっくり煮込むと、タコにトマトの味が染み渡ってタコの旨味を引き立て、こう書いているだけでもう・・・
あと、ナポリといったらピッツァ。
しかもナポリがピッツァ発祥の地。
「アンティーカ・ピッツァリア・ボルタヴァ」は1738年パン屋として創業し、1830年にパンにトマトとモッァレラチーズをのせて焼いたのが始まり。
”ピッツァ・ドック”は、ふわふわな生地にトマトとモッァレラチーズをのせて焼き、その当時のものを再現している。
伝統的スウィーツ”ババ”は、パンケーキにたっぷりのシロップを含ませたとても甘いもの。
150年の伝統を誇る「グラン・カフェ・カンブリーヌ」では、もちろんこの”ババ”も食べることができるが、”ババ”をサックとしたパイ生地で覆いアレンジした”ヴェスヴィオ”も、食感の違いが楽しめるスウィーツになっている。
イタリアは、年季の入ったすばらしい職人が多い国というイメージがある。
「マリオ・タラリーコ」は、4代続く手作り傘の専門店。
4代目にして81歳のマリオ・タラリーコは、バリバリの現役。
店には手作り一点物の傘が並び、世界のセレブにも愛用され、ローマ法王にも献上されているらしい。
甥が5代目を継いでくれるというので、職人国イタリアは安泰と見える。
「エルネスト・エスポーズト」は、2003年創業のカラフルで個性的な靴専門店。
有名アーティストなどが多く利用しているらしい。
「フランチェスカ・フランテ」は、2009年より店を構えているナポリ女子注目の店。
華やかで上品をモットーに、仕事着でもパーティーでも使える服を作って売っている。
職人がもの作りを楽しみ、しかも独創的なものを受け入れる購買層がいるということが、イタリアの価値を高めている。
生きることが楽しめる基本ではないだろうか。
ナポリも世界遺産「ナポリ歴史地区」になっているが、ここから車で1時間30分のところにあるアマルフィも世界遺産に登録されている。
中世には海洋国家として栄えたアマルフィは、急斜面に建物がへばりつくように立ち並び、迷路のような路地が張り巡らされている。
狭く急勾配という立地のせいばかりではなく、外敵の侵入を防ぐ意味合いが大きかった。
路地マニアには、垂涎の地だ。
地中海性気候で、燦燦と太陽の日が降り注ぐアマルフィは、レモンの産地でもある。
”デリツィア・アル・リモーネ”は、レモンアイスでレモンクリームを包んだパン生地をおおったもので、甘すぎず爽やかなレモンの香りと酸味が大人の味にしているスウィーツ。
アマルフィは、中国からイスラムを経由して初めて製紙技術が伝わった地で、13世紀ごろから手漉きの紙が作られてきた。
その紙は、非常に品質が高く、100年以上持つといわれている。
重要な本に使われたり、またモーツァルトも愛用していたのだとか。
「ラ スクデリア デル ドゥーカ」は、当時の製法で作られているアマルフィ紙を扱っている。
中には、紙に植物を漉き込んだ美しいものもあり、紙愛好家の自分としては、この紙のためにアマルフィを訪れたくなった。
「ナポリを見てから死ね」という言葉があるように、風光明媚で知られた街として有名だが、最近増え続けるごみの処理が追いつかず街にごみが溢れかえる事態に陥っている。
「ナポリが死なないうちに見ておけ」と揶揄されるくらいだから、かなり深刻なのだろう。
少し前なにかの記事で、ナポリにネズミとゴキブリが大発生とあった。
観光にマイナスイメージだ。
ナポリには、カフェ・ソスペーゾというすばらしい習慣がある。
いいことのあった人が、幸福のおすそ分けとして何杯分かのコーヒー代を余分に払っていく。
カフェに来た客は、店主に「コーヒーをただで飲むことができる?」と聞き、ストックがあれば無料で飲むことができるというものだ。
気前がいいのは大いに結構。
しかし、ごみを盛大に出すのはいかがなものか。
ごみ処理が間に合わなければ、ごみを減らす工夫、消費活動の見直しを市民が協力する必要もあろう。
人口過密も原因だろうが、豊かさの浪費は何につけいいことではないと思われる。
ぜひとも、ナポリを殺さないで欲しい。
地中海に面したイタリア南部にあり、ヴェスヴィオ火山を東南にひかえている。
ヴェスヴィオ火山の噴火で街全体が厚い火山灰で覆われてしまったポンペイは、さらにに東南にある。
港町ナポリは、やはりシーフードがいい。
目の前の海で獲れる多くの魚介の中でも、特にタコ好きなナポリ人。
「リストランテ・ウンベルト」では、そのソウルフードが楽しめる。
タコのマリネもいいけれど、一番はタコのトマト煮込み。
熱したたっぷりのオリーブオイルにタコを入れ、ざくぎりトマトとともにじっくり煮込むと、タコにトマトの味が染み渡ってタコの旨味を引き立て、こう書いているだけでもう・・・
あと、ナポリといったらピッツァ。
しかもナポリがピッツァ発祥の地。
「アンティーカ・ピッツァリア・ボルタヴァ」は1738年パン屋として創業し、1830年にパンにトマトとモッァレラチーズをのせて焼いたのが始まり。
”ピッツァ・ドック”は、ふわふわな生地にトマトとモッァレラチーズをのせて焼き、その当時のものを再現している。
伝統的スウィーツ”ババ”は、パンケーキにたっぷりのシロップを含ませたとても甘いもの。
150年の伝統を誇る「グラン・カフェ・カンブリーヌ」では、もちろんこの”ババ”も食べることができるが、”ババ”をサックとしたパイ生地で覆いアレンジした”ヴェスヴィオ”も、食感の違いが楽しめるスウィーツになっている。
イタリアは、年季の入ったすばらしい職人が多い国というイメージがある。
「マリオ・タラリーコ」は、4代続く手作り傘の専門店。
4代目にして81歳のマリオ・タラリーコは、バリバリの現役。
店には手作り一点物の傘が並び、世界のセレブにも愛用され、ローマ法王にも献上されているらしい。
甥が5代目を継いでくれるというので、職人国イタリアは安泰と見える。
「エルネスト・エスポーズト」は、2003年創業のカラフルで個性的な靴専門店。
有名アーティストなどが多く利用しているらしい。
「フランチェスカ・フランテ」は、2009年より店を構えているナポリ女子注目の店。
華やかで上品をモットーに、仕事着でもパーティーでも使える服を作って売っている。
職人がもの作りを楽しみ、しかも独創的なものを受け入れる購買層がいるということが、イタリアの価値を高めている。
生きることが楽しめる基本ではないだろうか。
ナポリも世界遺産「ナポリ歴史地区」になっているが、ここから車で1時間30分のところにあるアマルフィも世界遺産に登録されている。
中世には海洋国家として栄えたアマルフィは、急斜面に建物がへばりつくように立ち並び、迷路のような路地が張り巡らされている。
狭く急勾配という立地のせいばかりではなく、外敵の侵入を防ぐ意味合いが大きかった。
路地マニアには、垂涎の地だ。
地中海性気候で、燦燦と太陽の日が降り注ぐアマルフィは、レモンの産地でもある。
”デリツィア・アル・リモーネ”は、レモンアイスでレモンクリームを包んだパン生地をおおったもので、甘すぎず爽やかなレモンの香りと酸味が大人の味にしているスウィーツ。
アマルフィは、中国からイスラムを経由して初めて製紙技術が伝わった地で、13世紀ごろから手漉きの紙が作られてきた。
その紙は、非常に品質が高く、100年以上持つといわれている。
重要な本に使われたり、またモーツァルトも愛用していたのだとか。
「ラ スクデリア デル ドゥーカ」は、当時の製法で作られているアマルフィ紙を扱っている。
中には、紙に植物を漉き込んだ美しいものもあり、紙愛好家の自分としては、この紙のためにアマルフィを訪れたくなった。
「ナポリを見てから死ね」という言葉があるように、風光明媚で知られた街として有名だが、最近増え続けるごみの処理が追いつかず街にごみが溢れかえる事態に陥っている。
「ナポリが死なないうちに見ておけ」と揶揄されるくらいだから、かなり深刻なのだろう。
少し前なにかの記事で、ナポリにネズミとゴキブリが大発生とあった。
観光にマイナスイメージだ。
ナポリには、カフェ・ソスペーゾというすばらしい習慣がある。
いいことのあった人が、幸福のおすそ分けとして何杯分かのコーヒー代を余分に払っていく。
カフェに来た客は、店主に「コーヒーをただで飲むことができる?」と聞き、ストックがあれば無料で飲むことができるというものだ。
気前がいいのは大いに結構。
しかし、ごみを盛大に出すのはいかがなものか。
ごみ処理が間に合わなければ、ごみを減らす工夫、消費活動の見直しを市民が協力する必要もあろう。
人口過密も原因だろうが、豊かさの浪費は何につけいいことではないと思われる。
ぜひとも、ナポリを殺さないで欲しい。