銀河太平記・157
最初に目に着いたのは大きな漢明国旗と、漢明陸軍の連隊旗だ。
景色的にも風水的にもいい場所を選んでいる……と思ったら。旗竿は鳥居の縦の柱に括り付けられている。
そうか、あそこは氷室神社だ。
すでに、本殿拝殿ともに破却されているが、鳥居はカンパニーのシゲ老人が鉱山技師の技術で建てた堅固なものだ。
堅固な上に無駄のない神明造で、二本の縦柱は垂直に立てられているから、竿を括り付けるだけで立派な掲揚台になる。
しかし、宗教施設を掲揚台にするのは無法で下品だという感覚は無いらしい。日本人以外にこれをやったら、たとえ戦争に勝っても信用はえられない。
視力を等倍から三倍、十倍、二十倍と切り替えて敵基地になりつつある空港と、その周辺を観察する。
露出した坑道や巨人輸送機の残骸、砲撃の穴などに少人数が屯しているが固定した基地施設を構築する様子は無い。
弾薬や物資は露出させることなく坑道や穴の中に隠している様子だ。沖には健康な艦船が五隻見える。中型の輸送船とクルーザー。侵攻部隊としては規模が小さい、島の反撃で半分ほどの規模になっているのだろうが、上陸部隊のバックアップには十分だ。
劉宏大統領は侵攻部隊を反乱軍扱いしているが、それは表面的なものに過ぎない。
その証拠に、この反乱軍に対して鎮圧の部隊を出していない。時を見計らっているんだ。侵攻軍の配色が決定的になれば、そこに鎮圧部隊を投入して一気に『反乱』を鎮める。
反乱軍に勝ち目があると判断すれば、鎮圧軍は手のひらを返したように増援軍となって、一気に島の占領にかかる。
事実上の占領を果たしてしまえば、日本政府の腰が引けている現状では、国際世論は腕組みして中立の旗を掲げるしかないだろう。旗の掲揚台以外は行き届いた戦略だ。
そう、まずは旗だ。
アサルトライフルのスコープの中央に軍旗の掲揚索を捉える。
フッ フッ
パルスライフルなので、ほとんど無音。軍旗と国旗がハラハラと落ちていく。
次に、岩に背中を預けて尻餅姿勢、両手両足の先を敵の四カ所のターゲットに向ける。
まるで弘法大師だ。
弘法大師空海は、両手両足に筆を持ち、さらに一筆を口に咥えると壁に向かって、瞬時に五行詩を書いて唐の皇帝を驚かせたという。
わたしは筆ではない。手首足首を寛げて砲口を露出させると、同時に四つの目標に対してパルス弾を発射。
ズビズビズビズビーーン
立て続けに、もう一斉射。
ズビズビズビズビーーン
直後に横に飛ぶ。敵の陣地八カ所から爆炎が上がるのを横目に見ながら崖を駆け下りる。
体にはたすき掛けに弾帯をかけている。腹帯と合わせ弾帯には合計で46発の手榴弾。機械化兵用で一発で155ミリ榴弾同等の威力がある。威力の分重量は一発2キロと重い、側車に詰めるだけ積んできたが、重さはともかく(JQの積載能力は1000キロ)、運動能力を削がれる。早々に使い切らなくてはならない。
ズドーーン ズドーン ズドーーン ズドーーン ズドーン ズドーーン ズドーーン ズドーン
時速百キロで駆けながら、手当たり次第に手榴弾を投げ込む。
敵は混乱した。
最初にパルス弾を二斉射したところに迫撃砲や機関銃を撃ち込んでいる。六発手榴弾を投げ込んだところで、敵はゲリラ部隊の奇襲と思い、デタラメに銃撃を加えてくる。
こちらも手榴弾を半分使ったところで銃撃を加える。アサルトをオートにして単発、あるいは連射。
ダン ダン ダダダダ ダダダダ ダン ダダダダ ダン ダダダダ ダダダダ
地上すれすれを遮蔽物を利用しながら、あるいは部分的に地下坑道を走って。時おり、残りの手榴弾を投げる。
ズドーーン ズドーン ズドーーン
坑道を抜ける途中で小隊規模の弾薬集積所を見つけて破壊。
ズッドーーーン!
ダダダダ ダダダダ ダン ダダダダ
一部では同士討ちさえ始まっている。
西海岸のメグミがパルス半導体を回収する間だけ敵を引き付けておけばいい。
あ?
いつの間にか、鳥居の掲揚台に国旗と軍旗が戻っている。
旗などアナログそのものだが、味方の健在とくじけぬ闘志を示すのには効果的だ。
日露戦争では203高地に日章旗が揚がったのをきっかけにロシア軍の抵抗は目に見えて落ちた。硫黄島では摺鉢山の星条旗は日本軍によって二度引き下ろされ米軍によって三度揚げられている。フランス革命ではトリコロールの旗の元に自由の女神の伝説が生まれた。
ダダ ダダ
ただちに旗を撃ち落とす。
ダダダダダダダダダダダダダダ ダダダダダダダダダダダダダダ ダダダダダダダダダダダダダダ
敵も盛大に反撃してくる。射点を掴ませないように一二秒で移動、瞬間最大速度が200キロを超える。
敵が三度目に旗を挙げようとした時は、護衛も含め五人の敵兵を撃ち倒した。
しばらくは旗を挙げようとは思わないだろう。
チュイーン!
たった今まで居た岩陰に火花が散る。
振り返ると、一番会いたくない敵の姿。
王春華!
ザシッ
岩を蹴って走る、その速さの為に風景が流れるが、春華の姿はブレもしない。
わたしと同じタイミング、同じ速度で追随しているんだ。
以下は、双方走りながらの応酬になる。
「越萌マリのお出ましとはね、さすがは総理秘書」
「情報が古いわね、そんなものとっくに辞めたわ」
「この攻撃、越萌マリ一人の所業ね」
「そう? 背後にレンジャーの一個小隊がいるかもよ」
「それはない。最初の八発のパルス弾は貴女が撃ったのよ」
「そうかしら」
「手首足首に血のリングが付いている。手足にパルス砲を仕込んでいる」
「生体組織のリペアは時間がかかるからね」
さすがに見透かされている。
「弘法大師を気取ったのかもしれないけど、弘法大師が順宗皇帝から賜ったのは『五筆和尚』の称号だったはずよ」
あ!?
反射的に飛び退る。
ゴオオオオオオオオオオオオ!
大きく開いた口から王春華が吐き出したものは稲妻のような、おそらくはパルスラ波!
まともに喰らったらJQの義体でももたないだろう。
しかし、体内にどんなジェネレーターがあるのか分からないけど、これだけのパルスラ波を使えば数秒は動けなくなる。
まあ、これが潮時。メグミも十分に半導体を回収できただろう。
王春華が動き出したのは、彼女から100メートルも遠ざかったところ。
1.5秒、予想よりも早い。
丘の上で振り返ると、掲揚台には、まだ国旗・軍旗ともに復活はしていなかった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王