鳴かぬなら 信長転生記
『鬼ヶ島に行くには舟がいるでしょ』『そうじゃそうじゃ』
あっちゃんが当たり前のことを言って、思金神(おもいかね)が相槌を打つ。
「舟なら、子どもの頃から漕いでいるぞ」
『それは、尾張のお百姓の子どもたちとでしょ』
『用水路やため池で舟を漕ぐのとはわけが違うぞ』
『鬼ヶ島は、沖の向こうだし、沖に出たら陸地が見えないから方角も分からなくなるわ』
『さいわい、こやつは信長のことを乙姫と勘違いしておる』
『乙姫で押し通して鬼ヶ島に案内させなさい』
「なるほど、分かった。ついでに、こやつの性根も叩き直してやろう」
『あ、余計なことは……』
うるさい! と思ったら再び時間が動き出した。
俺は腰に手を当て、サルを叱る時のように吠えた。
「浦島太郎、乙姫は、これから鬼ヶ島の鬼退治に参るのだ!」
「お、鬼退治!?」
「鬼どもは、陸(おか)の村々を襲うだけでは飽き足らず、わが竜宮城にも狙いをつけてまいった。捨ておいては、陸も海も鬼どものいいようにされてしまう。よって、この乙姫自ら鬼退治に向かう。供をせよ」
「無理だよ、亀の背中は一人乗り。二人は無理だ、まして乙ちゃん武装して重いしかさばるし」
「だれが亀に乗って行くと申した!」
そう叱りながら、浦島太郎の方がもっともと思える。亀の背中はおろか、この浜辺の舟で外洋に出るのは無理だ。
と思ったら、市がゆるゆるのイージーモードでやるゲームのように玉手箱が光り出した。
「こういう時のために玉手箱を持たせたのだ。それを開けてみよ」
「でも、これは『何があっても開けてはなりません』て乙ちゃん……」
「その乙姫自身が言っているのだ!」
「でもでも、こういうのって、開けたり覗いたりしたらろくなことにならないって……そうだよ『鶴の恩返し』とか『黄泉の国に行ったイザナギ』とか、約束破って大変な目に遭うんじゃないか!」
「バカか!」
「乙ちゃん、怖いよ(;'∀')」
「『鶴の恩返し』も『黄泉の国のイザナギ』も、あそこで、開けるか覗くかしないと話が進まんだろ!」
「え、そいう理屈?」
「聞け!『鶴の恩返し』で男が覗かなかったら、鶴は男を喜ばせるために何度も何度も羽で布を織って衰弱死するぞ。そんな昔話を読む奴はおらん。読者の付かない物語なんて、投稿しても読んでもらえない小説と同じだ。モチベーション保てずに作者ごと消滅してしまうぞ! イザナギも、あそこで覗いてイザナミに追いかけられなければ、けっきょく天照大神も素戔嗚も生まれてこずに、日本の国は始まらないまま終わってしまうんだぞ! 物語は試練を経てアウフヘーベンされることで永遠になるんだ!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ、浦島太郎。そういうことを、アイデンテティーのアウフヘーベンを知ってもらいたいために、この乙姫は玉手箱を渡したんだよ」
「わ、分かった。なんか、今の乙ちゃん立候補したら都知事くらい当選しそう」
都知事だと……俺の望みはそんなに安くはないぞ……て、なにを言ってるんだ。
「分かったら、さっさと開けろ」
「うん」
浦島太郎は額に汗をにじませ、震える指で、ゆっくりと赤い塞紐を解いて、そして、今一度大きくため息をついて玉手箱の蓋を持ち上げた。
時限爆弾の解除に似ていた。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)