銀河太平記・156
初期戦闘で敵は空港の制圧と占領を目論み、実行して九分通り成功させた。
南北の空港に同時に二個空挺大隊を降下させ、同時に空港周辺の防空施設を破壊。降下した空挺部隊は滑走路周辺の迎撃部隊を圧迫しつつ、旅団主力の着陸援護の態勢を整えた。
そして、軍事的には瞬間と云っていい60分余りで制圧し終え、作戦は成功したかのように見えた。
見えたからこそ、敵は間髪入れずに空挺旅団の主力を載せた巨人輸送機を着陸させようとした。
しかし、そこからが真の勝負だった。
それまで温存されていた守備本隊が行動を起こした。
守備本隊は輸送機が無事に着陸し、停止したとたんに滑走路直下の坑道を爆破。輸送機を擱座させ、同時に坑道から飛び出したロボットたちが残った空挺部隊に対して自爆攻撃を加え、十分余りで形勢を逆転した。
空挺部隊は陸軍、陸戦隊は海軍。ここでも連携の悪さが出てしまった。
陸戦隊司令は空挺二個大隊の降下成功の時点で作戦成功と踏み、陸戦隊主力を西海岸に取りつかせた。
空挺部隊も、最後まで自分たちで挽回しようとして海軍側への連絡が遅れていた。
弁護するわけではないが、敵の戦術的な思考に間違いはない。
初期戦闘で敵に打撃を与えられれば、時を置かずに敵の弱点に攻撃を加え、戦果を拡大するのは用兵思想の基本だ。空港を占領した空挺旅団も南北から西海岸に進出して陸戦隊を援護するはずであった。
成功すれば、長年確執の有った陸海軍の不仲も改善できたかもしれない。
陸海軍の不仲は、程度の差はあるがどこの軍隊にも付き物だ。しかし、二十余年前の満州戦役において、漢明陸海軍の連携は気の毒なほどにとれていなかった。戦闘の九割九分は満州の野で行われ、海軍は陸戦隊も含めて出る幕が無かった。いや、無かったことで説明されてきている。
実際は、漢明の軍閥争いが災いして、なかなか手が出せなかった……真実であるが、これは真実の半分だ。
長引くと思われた奉天戦が早くに決着がついて停戦になったため、漢明の海軍や陸軍の他の勢力が手を出す暇が無かった。
満州戦争を国難と捉え俊敏に動いたのは劉宏の一個旅団のみだ。
満州戦争の評価は戦後二十余年を経ても定まっては居ない。
たった一個旅団で奉天を包囲し、奉天の漢明軍を潰走させた点では俺の勝ちとも言えるが、俺は肉体的には戦死してしまった。実際、包囲戦の末に生き残った兵は500に満たなかった。
漢明軍も奉天包囲戦までは善戦した。特に、俺を付け回した東北旅団の劉宏少将は出色だ。
もし、劉宏に漢明全軍の指揮を任せていたら、俺の奉天包囲戦は成功していなかっただろう。
いや、あの戦いの真の調停者は先帝だ。
奉天包囲の直前に崩御され、敵味方共に停戦の意を表し受け入れやすくなった。
以来、満州は漢明の優位を認めつつも自治国家、東アジアのバランサーとして命脈を保っている。
二十余年前の想いが浮かび上がってくるのは、やはり、この戦場の匂いだろう。
いや、匂いの中に劉宏の出現を予見しているのかもしれない。
岩田首相の通訳として北京の北大街酒店で謁えた劉宏は、どこまでが本来の劉宏なんだろう。
劉宏は俺と違って劉宏本来の肉体を残している。
しかし、度重なる王春華(JQと同じ究極ロボット)とのpi(パーフェクトインストール)はソウルの居所、いや、ソウルそのものを異質なものにしているかもしれない。
漢明という巨大で肉厚の国家を統御するには、病み疲れた劉宏のソウルでは無理だろう。
…………なんで、ここまで劉宏を気にするんだ。
確かに、二十余年前は俺の好敵手だったが、今の劉宏は漢明国の大統領だ。
彼の意思が反映されるとしても、それは官僚や軍という手足を通してのことだ。
目の前の敵情と戦況にだけ集中しよう。
まずは、敵のかく乱だ。
西海岸の圧力を下げさせて、メグミが活動しやすいようにしてやらなければならない。
瀕死のロボットの命を救う。この発想は漢明軍にはないだろう。瀕死のロボットは壊れた装備に過ぎない。
装備の修繕の為の欺瞞戦闘。
予想できない行動に出れば、人も組織もボロを出す。俺も、ついさっきまでは、せいぜい強行偵察ぐらいのつもりでいた。
ちょっと愉快だ。
一人称を「わたし」に変え、ボランティア戦闘員越萌マリとしてパルスバイクのハンドルを南にきった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王