七福神めぐりのコースをもう一つ紹介します。東京都東久留米市
の東久留米七福神です。昨年正月に歩いたものです。
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2005年1月10日〈月〉 東久留米七福神めぐり
東久留米七福神は、巡るお寺は5寺だけだが、雑木林や竹林、
わき水、黒目川と落合川の清流など、武蔵野の自然とのふれ合い
も楽しめるコースになっている。
西武池袋線東久留米駅東口に下車、東北に向かって一直線に
伸びた通りを進む。通りの街路樹はケヤキとハナミズキである。
2つ目の信号機の先、左手が大黒天の浄牧院(じょうぼくいん)。
白木が新しい山門には、精巧な龍などの彫刻が施されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/94/23a7fc9db6e4507ba0259717ae09e0e3.jpg)
本堂も再建されて新しいが、文安元年(1444)の創建といわれ、
かつては近郷に10か寺の末寺があったという禅寺である。
境内には、市天然記念物の太いカヤの木がある。目通り3.5m、
高さ18m、樹齢は400年というが見事な樹勢、ケヤキやイチョウ
の大木もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/86/96f058782e54b4b9434c68641c44acff.jpg)
本堂前には仏足石があり、山門のそばには十二支を彫り込んだ
かわいい地蔵さんが並んでいた。
通りを先に進んで黒目川の神山大橋を渡る。きれいな流れにコイ
がたくさん泳いでいた。
次の三差路を左折、コンビニ・ローソンのある三差路を東に向かう
と、北側の台地下に弁財天の宝泉(ほうせん)寺がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/09/101e9172aa6fb8874da6f33b56f13745.jpg)
本堂の前に大きな桜が枝を広げ、庫裡(くり)の前にある柿の実を
ついばむ鳥の声がにぎやか。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/c1/5faf8eceba3cb1b7994dfe98bc28745e.jpg)
山門前にある、6面体の石幢(せきどう)に地蔵菩薩が刻まれた石幢
六地蔵や、3人の童子がすがりつく地蔵菩薩は、江戸時代の信仰の
様子を伝える貴重な文化財である。
もとの道を戻り、往路で曲がった三差路の先へ、左カーブの手前で
南へ入ると、黒目川の昭和橋に出る。橋を渡らず、左岸の川沿いに
ツツジの植え込みのある遊歩道に入る。流れにはカルガモの家族が
見える。
落合川との合流点まで進み、黒目橋を渡って落合川左岸に入り、
すぐ先の下谷橋で右岸へ回る。流れ沿いの遊歩道は、「黒目川落合
川ジョギング・ウオーキングコース」になっていて、ウオーキングや
ジョギングする人たちが多い。
この流れもきれいで、カルガモやコイがたくさんいる。新落合橋で
再び左岸へ、コサギが2羽、水草の上に立っていた。対岸の不動橋
広場を眺めながら進み、西武池袋線の橋脚下をくぐり、老松橋まで
行く。
南東約300mに竹林公園があるというので寄ってみる。昔ながら
のカーブの道を少し上り、道標に従って屋敷林の間を東に入ると、
もうそう竹の竹林がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/6a/be72c28ef7772f519ed1a38ad450feed.jpg)
昔は市内の農家にはどこにもあったものだが、近年の開発で残り
少なくなったという。
3600㎡の竹林には遊歩道があり一周できる。がけ下に回ると、
農家のそばからきれいなわき水が流れ出ており、カルガモが10数
羽体を休めていた。
落合川に戻り先に進む。川幅が広くなった辺りでカモに餌を与え
ている人がいて、そばに何10羽ものカモやハトが群がる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/6d/8ecf98d497069d86bd8cd49108a13903.jpg)
昨秋たくさん実った柿が、そのまま残っている。近くの川沿いでは、
ボケが咲き始めていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/62/0ae689238f71cef212d059e4a9255f41.jpg)
毘沙門橋の北、信号のそばを東に戻ったところに毘沙門天の
多聞寺(たもんじ)があった。本堂は近代的なコンクリート造り、武蔵
野三十三観音第5番札所である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/f0/63ebd7705b87fd5bd559916e7dc40123.jpg)
嘉永5年(1852)建立の山門は、村のケヤキを落合川に流して
江戸に運び、彫刻を施して戻し、近くの大工が造営したものという。
道路際には、弘化2年(1845)造立の庚申塔が立っていた。
毘沙門橋を渡り、南南西500mほどにある南沢緑地保全地域にも
回ってみる。落合川沿いを少し先、氷川神社の南から支流のせせ
らぎを聞きながら進むと、その水源になっているのが南沢緑地。
武蔵野の面影を残すクヌギ、コナラ、シラカシ、ヤマザクラなどの
斜面林が残り、がけ下4か所から豊富な湧水が流れ出ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/61/5fb7acaa8ef1985fbfa2114fa51dacb4.jpg)
湧水量は1日約1万㌧あり、東京の名湧水57選にも選定され、
一部は水道の水源として利用されているという。この地にこれだけ
豊富な湧水があるとは知らなかった。
毘沙門橋に戻る前に氷川神社に参拝して行く。石段を上がると
社殿の前に茅の輪(ちのわ)が設けてあり、この日は新年祈祷を
受ける人々が何組か来ていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/9c/1eec6032ae27b30dc478987d2e890be9.jpg)
毘沙門橋を渡り、信号の一つ北のT字路を西に向かう。東久留米
駅西口からの通りに、東久留米市立中央図書館があった。
さらに進んでT字路を北に入り、すぐ左折して住宅地を抜け、都道
234号に出る。
西側にある信号の先を北に、参道を進めば布袋尊の米津寺(べい
しんじ)。久喜藩主や長瀞藩主だった米津(よねきつ)家の菩提寺と
して、万治元年(1658)に創建された寺である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/82/1b2dad86b5af0536e0b66edde8767791.jpg)
コンクリート造りの本堂、正面に安置された小さな布袋尊の横に、
一輪の花が添えられていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/ec/6450eb5e70fede4fda95ef8c09194f1f.jpg)
墓地には、多摩地区でただ一つという大名家墓地で都指定史跡、
米津家の墓地があり、六角塔身型の墓石や石灯籠などが並んでいた。
東側の通りに出て北に向かう。久留米高校の先で黒目川の落馬橋
を渡って、左岸を東に進む。2つ目の中橋の通りを北に入ると、三差
路に石橋供養塔が立ち、その前に3つの石が埋め込まれていた。
力石と呼ばれるもので、かつてこの辺の若者たちの力比べに使わ
れた石とか。一番大きいのは45貫(約190㎏)と刻まれ、これを
持ち上げることが一人前の基準になっていたようだ。
少し車が多いがそのまま東に進む。曲橋からの三差路のすぐ先
に最後の大圓寺(だいえんじ)がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/d5/f9759be6bf5d6cf57cb6a8900d4fd992.jpg)
平安初期の天安2年(858)開山という古寺。残る恵比寿尊、福禄
寿尊、寿老尊の三尊が山門に安置されている。
境内は広く、りっぱな鐘楼や新しい護摩堂などが目につく。桜、松、
イチョウ、ケヤキ、サザンカなど樹木も多い。本堂前の松の下に、
上野の寛永寺から贈られたという約250年前の灯ろうがあった。
延享3年(1746)造立の馬頭観音、延宝8年(1680)造立の庚申
塔、弘化年間(1844~)作と推定される穀櫃(こくびつ)(下の写真)
などの文化財も残っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/c0/ac53ea026b369ab443e30f81d51d9545.jpg)
帰路は、黒目川の新大橋を渡ってさらに東に向かう。西武池袋線
の踏切を越えて右折、線路沿いに進んで、東久留米駅北口に戻った。
(参考タイム)東久留米駅10:40ー浄牧院10:46~11:00ー宝泉寺11:10
~20ー老松橋11:53ー竹林公園12:00~05ー老松橋12:10ー多聞寺
12:25~31ー南沢緑地保全地域12:37~45ー南沢氷川神社12:50~54
ー米津寺13:24~39ー大圓寺13:58~14:15ー東久留米駅14:24
(天気 快晴、距離 9km、地図 志木、吉祥寺、歩行地 東京都
東久留米市)
の東久留米七福神です。昨年正月に歩いたものです。
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2005年1月10日〈月〉 東久留米七福神めぐり
東久留米七福神は、巡るお寺は5寺だけだが、雑木林や竹林、
わき水、黒目川と落合川の清流など、武蔵野の自然とのふれ合い
も楽しめるコースになっている。
西武池袋線東久留米駅東口に下車、東北に向かって一直線に
伸びた通りを進む。通りの街路樹はケヤキとハナミズキである。
2つ目の信号機の先、左手が大黒天の浄牧院(じょうぼくいん)。
白木が新しい山門には、精巧な龍などの彫刻が施されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/94/23a7fc9db6e4507ba0259717ae09e0e3.jpg)
本堂も再建されて新しいが、文安元年(1444)の創建といわれ、
かつては近郷に10か寺の末寺があったという禅寺である。
境内には、市天然記念物の太いカヤの木がある。目通り3.5m、
高さ18m、樹齢は400年というが見事な樹勢、ケヤキやイチョウ
の大木もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/86/96f058782e54b4b9434c68641c44acff.jpg)
本堂前には仏足石があり、山門のそばには十二支を彫り込んだ
かわいい地蔵さんが並んでいた。
通りを先に進んで黒目川の神山大橋を渡る。きれいな流れにコイ
がたくさん泳いでいた。
次の三差路を左折、コンビニ・ローソンのある三差路を東に向かう
と、北側の台地下に弁財天の宝泉(ほうせん)寺がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/09/101e9172aa6fb8874da6f33b56f13745.jpg)
本堂の前に大きな桜が枝を広げ、庫裡(くり)の前にある柿の実を
ついばむ鳥の声がにぎやか。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/c1/5faf8eceba3cb1b7994dfe98bc28745e.jpg)
山門前にある、6面体の石幢(せきどう)に地蔵菩薩が刻まれた石幢
六地蔵や、3人の童子がすがりつく地蔵菩薩は、江戸時代の信仰の
様子を伝える貴重な文化財である。
もとの道を戻り、往路で曲がった三差路の先へ、左カーブの手前で
南へ入ると、黒目川の昭和橋に出る。橋を渡らず、左岸の川沿いに
ツツジの植え込みのある遊歩道に入る。流れにはカルガモの家族が
見える。
落合川との合流点まで進み、黒目橋を渡って落合川左岸に入り、
すぐ先の下谷橋で右岸へ回る。流れ沿いの遊歩道は、「黒目川落合
川ジョギング・ウオーキングコース」になっていて、ウオーキングや
ジョギングする人たちが多い。
この流れもきれいで、カルガモやコイがたくさんいる。新落合橋で
再び左岸へ、コサギが2羽、水草の上に立っていた。対岸の不動橋
広場を眺めながら進み、西武池袋線の橋脚下をくぐり、老松橋まで
行く。
南東約300mに竹林公園があるというので寄ってみる。昔ながら
のカーブの道を少し上り、道標に従って屋敷林の間を東に入ると、
もうそう竹の竹林がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/6a/be72c28ef7772f519ed1a38ad450feed.jpg)
昔は市内の農家にはどこにもあったものだが、近年の開発で残り
少なくなったという。
3600㎡の竹林には遊歩道があり一周できる。がけ下に回ると、
農家のそばからきれいなわき水が流れ出ており、カルガモが10数
羽体を休めていた。
落合川に戻り先に進む。川幅が広くなった辺りでカモに餌を与え
ている人がいて、そばに何10羽ものカモやハトが群がる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/6d/8ecf98d497069d86bd8cd49108a13903.jpg)
昨秋たくさん実った柿が、そのまま残っている。近くの川沿いでは、
ボケが咲き始めていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/62/0ae689238f71cef212d059e4a9255f41.jpg)
毘沙門橋の北、信号のそばを東に戻ったところに毘沙門天の
多聞寺(たもんじ)があった。本堂は近代的なコンクリート造り、武蔵
野三十三観音第5番札所である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/f0/63ebd7705b87fd5bd559916e7dc40123.jpg)
嘉永5年(1852)建立の山門は、村のケヤキを落合川に流して
江戸に運び、彫刻を施して戻し、近くの大工が造営したものという。
道路際には、弘化2年(1845)造立の庚申塔が立っていた。
毘沙門橋を渡り、南南西500mほどにある南沢緑地保全地域にも
回ってみる。落合川沿いを少し先、氷川神社の南から支流のせせ
らぎを聞きながら進むと、その水源になっているのが南沢緑地。
武蔵野の面影を残すクヌギ、コナラ、シラカシ、ヤマザクラなどの
斜面林が残り、がけ下4か所から豊富な湧水が流れ出ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/61/5fb7acaa8ef1985fbfa2114fa51dacb4.jpg)
湧水量は1日約1万㌧あり、東京の名湧水57選にも選定され、
一部は水道の水源として利用されているという。この地にこれだけ
豊富な湧水があるとは知らなかった。
毘沙門橋に戻る前に氷川神社に参拝して行く。石段を上がると
社殿の前に茅の輪(ちのわ)が設けてあり、この日は新年祈祷を
受ける人々が何組か来ていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/9c/1eec6032ae27b30dc478987d2e890be9.jpg)
毘沙門橋を渡り、信号の一つ北のT字路を西に向かう。東久留米
駅西口からの通りに、東久留米市立中央図書館があった。
さらに進んでT字路を北に入り、すぐ左折して住宅地を抜け、都道
234号に出る。
西側にある信号の先を北に、参道を進めば布袋尊の米津寺(べい
しんじ)。久喜藩主や長瀞藩主だった米津(よねきつ)家の菩提寺と
して、万治元年(1658)に創建された寺である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/82/1b2dad86b5af0536e0b66edde8767791.jpg)
コンクリート造りの本堂、正面に安置された小さな布袋尊の横に、
一輪の花が添えられていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/ec/6450eb5e70fede4fda95ef8c09194f1f.jpg)
墓地には、多摩地区でただ一つという大名家墓地で都指定史跡、
米津家の墓地があり、六角塔身型の墓石や石灯籠などが並んでいた。
東側の通りに出て北に向かう。久留米高校の先で黒目川の落馬橋
を渡って、左岸を東に進む。2つ目の中橋の通りを北に入ると、三差
路に石橋供養塔が立ち、その前に3つの石が埋め込まれていた。
力石と呼ばれるもので、かつてこの辺の若者たちの力比べに使わ
れた石とか。一番大きいのは45貫(約190㎏)と刻まれ、これを
持ち上げることが一人前の基準になっていたようだ。
少し車が多いがそのまま東に進む。曲橋からの三差路のすぐ先
に最後の大圓寺(だいえんじ)がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/d5/f9759be6bf5d6cf57cb6a8900d4fd992.jpg)
平安初期の天安2年(858)開山という古寺。残る恵比寿尊、福禄
寿尊、寿老尊の三尊が山門に安置されている。
境内は広く、りっぱな鐘楼や新しい護摩堂などが目につく。桜、松、
イチョウ、ケヤキ、サザンカなど樹木も多い。本堂前の松の下に、
上野の寛永寺から贈られたという約250年前の灯ろうがあった。
延享3年(1746)造立の馬頭観音、延宝8年(1680)造立の庚申
塔、弘化年間(1844~)作と推定される穀櫃(こくびつ)(下の写真)
などの文化財も残っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/c0/ac53ea026b369ab443e30f81d51d9545.jpg)
帰路は、黒目川の新大橋を渡ってさらに東に向かう。西武池袋線
の踏切を越えて右折、線路沿いに進んで、東久留米駅北口に戻った。
(参考タイム)東久留米駅10:40ー浄牧院10:46~11:00ー宝泉寺11:10
~20ー老松橋11:53ー竹林公園12:00~05ー老松橋12:10ー多聞寺
12:25~31ー南沢緑地保全地域12:37~45ー南沢氷川神社12:50~54
ー米津寺13:24~39ー大圓寺13:58~14:15ー東久留米駅14:24
(天気 快晴、距離 9km、地図 志木、吉祥寺、歩行地 東京都
東久留米市)