あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

大阪城公園と遍路シンポジウム[2005年]

2007-08-17 22:30:49 | Weblog
 今朝目が覚めたら、「シンシンシンシン…」と鳴くクマゼミ
の声が聞こえました。関東ではほとんど聞いたことがない
のに、とうとう地球温暖化でやってきたかと、ちょっとした
恐怖すら感じます。

 日中も鳴くかと思ったら、ひとときだけであとは聞こえま
せん。クマゼミの声で、一昨年7月末、「青春18きっぷ」で
大阪に行ったときのことを思い出しました。

 おりしも、今夜のNHK総合TV「ちょっと変だぞ日本の
自然・…」のトップで、クマゼミが大発生の話題が放映され、
大阪では100万羽も発生しているとか。この夏は、さぞか
し賑やかなことでしょう。

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 2005年7月30日(土) 晴
 =大阪城公園をめぐる=


 
 谷町のビジネスホテルで、無料サービスの朝食を済ませ、
8時ころに出る。今日も朝から蒸し暑い。午後は今回の主
目的、歩き遍路シンポジウムだが、午前は大阪城公園を
巡ることにした。

 上を阪神高速13号線が通る中央通りを東に向かう。公園
に近い大阪合同庁舎2号館の構内に大きな水準点がある。

 1等水準点第230号で、標高、緯度、経度などが記された
説明板もあった。

 りっぱなビルの大阪歴史博物館の前に、5世紀の大型高
床建物を復元した、法円坂建物群と呼ぶ建物がある。


 大阪城歴史博物館とNHK大阪放送会館の新しい高層
建物の横を進み、南西端から大阪城公園に入る。


 クマゼミの鳴き声は「耳を聾(ろう)せんばかり」という表現
がおかしくないほどの大音量。騒音計で測ったら何10デシ
ベルあるのだろうか。

 りっぱな石垣の南外堀沿いに東に回り、大阪城公園市民
の森を北に進む。木陰だが気温はもう30℃以上か、ゆっ
くり歩いても汗が出る。


 北側の大阪城ホール横を通り、内堀を極楽橋で渡って
大阪城天守閣に向かう坂を上がる。


 天守閣周辺やホールの南側などあちこちに、テントや
仮設舞台が設けられている。今日から8月7日まで「オー
サカキング」という催しが開催されるらしく、たくさんのスタ
ッフが動き回っていた。

 大阪城の公開は9時から、少し待って入場する。現在の
大阪城は、昭和6年(1931)、大阪市民の寄付金により
鉄筋コンクリート造り地上55mの天守閣を再建したもの。

 太平洋戦争では幸いにも焼け残り、昭和24年から再
公開されているという。

 まず最上階の8階まで階段を上がり、展望台に出る。

 この日はもやで遠くは見えなかったが、眼下の大阪城
公園の緑や、大阪市中心街の高層建築群などを展望した。






 この辺りが、「オーサカキングの」会場のようだ。


 7階から2階までは、大阪城や豊臣秀吉の歴史資料など
が展示されている。秀吉の生涯、大阪夏の陣のパノラマ、
秀吉・徳川それぞれの大阪城復元模型などを1時間半か
けてゆっくり見た。


 秀吉や徳川時代の城建築にあたり、各大名に対し金銭
や石垣工事などに大変な負担をさせた強大な権力は、現
在(注:2005年の話)、郵政民営化法案の成立にやき
もきしている小泉政権とは大違いだったことが分かる。


 北西の京橋口から外堀を出て、天満橋駅前を過ぎ、天
神橋から、堂島川と土佐堀川の中州、中之島公園に下り
る。しばらくはバラ園が続くが、花は盛りを過ぎていた。


 大正7年(1918)、ネオルネッサンス様式で建てられた
という、赤レンガとアーチ状屋根の大阪市中央公会堂(上)
や、大阪市役所、日銀大阪支店の北側を通過し、堂島川
の渡辺橋南側から、土佐堀川の肥後橋との間の地下街
に入る。

 蛇足だが、翌々週・8月7日のNHKーTV「義経」で、義
経が暴風の中、阿波(徳島)に向けて船出しようとしていた
が、この船出の地が渡辺橋辺りだったとか。橋のたもとに
何か説明板でもあったのだろうか、気づかなかった。

 地下街で食堂を探したら、午後のシンポジウムにふさわ
しい讃岐うどんの店があった。まだ空いていたので入り、
ぶっかけごまうどんというのを注文、四国遍路での讃岐
うどん同様、おいしかった。        (続く)
 
 
コメント (2)
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