今日の所沢の最高気温は36.2℃、今夏の最高では
ないかと思います。やはり夕方まで外出は控えました。
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前半の遍路では最後の霊場、西予市(旧宇和町)の43
番明石寺に参拝、宇和町の古い街並みを抜けて国道56
号に出ました。
国道の長い鳥坂トンネル通過を避けて、鳥坂峠越えの
遍路道に進みました。西予市と大洲市との市境の鳥坂峠
(470m)付近にあった普賢大菩薩像などです。
国道56号は大洲市の中心街を抜けると、松山自動車道
の大洲IC入口付近を通過します。
そばにあるのが別格霊場十夜ヶ橋。橋の下に、横になっ
た弘法大師像とともに6地蔵が並んでいました。
後半の遍路2日目、内子町小田を出て45番岩屋寺に向
かいました。
2つある峠越えのうち南側の農祖峠を越えました。
峠付近にあった古い石仏。江戸時代と思われますが、
いつごろのものでしょうか。
さらに越ノ峠を越え、44番大宝寺からの遍路道と合する
八丁坂上に上がり、尾根上の快適な遍路道を進みます。
岩屋寺まであと11町(約1.2km)を示す町石です。
松山市内最後の霊場、53番円明寺に参拝し、海岸沿い
に出ました。
松山市に合併した旧北条市のエリアに入り間もなく、西の
下大師堂にあった、行き倒れ遍路を弔った墓です。
隣の今治市に入りました。蒼社川を渡って旧玉川町にあ
る57番栄福寺境内には、お願い地蔵尊が立っていました。
少し飛んで、愛媛県四国中央市の65番三角寺を過ぎ、
県境の境目トンネルを抜けると、徳島県池田町となります。
別格15番箸蔵寺への遍路道には、幾つかの丁石(町
石)が残っていました。これはその一つ、2丁石です。
四国霊場の最高所、標高910mにある66番雲辺寺の
北側、67番大興寺に向かう遍路道には、新しい五百羅漢
が並んで見送ってくれています。
観音寺市との市境が近い、三豊市(旧山本町)の67番
大興寺の入口では、田んぼを背にして背の高いお地蔵さん
が迎えてくれます。
山門から500数十段を上がる71番弥谷寺の中間、大師
堂付近には、大岩に磨崖仏が3体刻まれていました。
お大師様(弘法大師)生誕の地、75番善通寺の境内に
は、最近奉納されたらしい五百羅漢像が並んでいました。
高松市内に入って2番目、81番白峰寺から82番根香寺
までは約5km。歩きやすい林間の遍路道には、幾つかの
丁石が残っています。これは32丁石です。
高松市最後の霊場、85番八栗寺から南東に下って志度
湾沿いに進みます。
さぬき市内(旧志度町)に入り、志度の町中にある番外
霊場地蔵寺に寄りました。境内には石仏群がならんでい
ます。
同じ境内には、樹齢千年以上の夫婦柏も茂っています。
88番大窪寺に無事結願し、翌日は大坂峠から3番金泉
寺近くへと向かいます。
大窪寺そばの民宿八十窪を出て、国道377号を下りま
した。最初の集落、長野の三差路が近づいたあたりにあっ
た29丁石です。
明和4年(1767)の奉納ですから、もう240年も前の
ものになります。
ないかと思います。やはり夕方まで外出は控えました。
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前半の遍路では最後の霊場、西予市(旧宇和町)の43
番明石寺に参拝、宇和町の古い街並みを抜けて国道56
号に出ました。
国道の長い鳥坂トンネル通過を避けて、鳥坂峠越えの
遍路道に進みました。西予市と大洲市との市境の鳥坂峠
(470m)付近にあった普賢大菩薩像などです。
国道56号は大洲市の中心街を抜けると、松山自動車道
の大洲IC入口付近を通過します。
そばにあるのが別格霊場十夜ヶ橋。橋の下に、横になっ
た弘法大師像とともに6地蔵が並んでいました。
後半の遍路2日目、内子町小田を出て45番岩屋寺に向
かいました。
2つある峠越えのうち南側の農祖峠を越えました。
峠付近にあった古い石仏。江戸時代と思われますが、
いつごろのものでしょうか。
さらに越ノ峠を越え、44番大宝寺からの遍路道と合する
八丁坂上に上がり、尾根上の快適な遍路道を進みます。
岩屋寺まであと11町(約1.2km)を示す町石です。
松山市内最後の霊場、53番円明寺に参拝し、海岸沿い
に出ました。
松山市に合併した旧北条市のエリアに入り間もなく、西の
下大師堂にあった、行き倒れ遍路を弔った墓です。
隣の今治市に入りました。蒼社川を渡って旧玉川町にあ
る57番栄福寺境内には、お願い地蔵尊が立っていました。
少し飛んで、愛媛県四国中央市の65番三角寺を過ぎ、
県境の境目トンネルを抜けると、徳島県池田町となります。
別格15番箸蔵寺への遍路道には、幾つかの丁石(町
石)が残っていました。これはその一つ、2丁石です。
四国霊場の最高所、標高910mにある66番雲辺寺の
北側、67番大興寺に向かう遍路道には、新しい五百羅漢
が並んで見送ってくれています。
観音寺市との市境が近い、三豊市(旧山本町)の67番
大興寺の入口では、田んぼを背にして背の高いお地蔵さん
が迎えてくれます。
山門から500数十段を上がる71番弥谷寺の中間、大師
堂付近には、大岩に磨崖仏が3体刻まれていました。
お大師様(弘法大師)生誕の地、75番善通寺の境内に
は、最近奉納されたらしい五百羅漢像が並んでいました。
高松市内に入って2番目、81番白峰寺から82番根香寺
までは約5km。歩きやすい林間の遍路道には、幾つかの
丁石が残っています。これは32丁石です。
高松市最後の霊場、85番八栗寺から南東に下って志度
湾沿いに進みます。
さぬき市内(旧志度町)に入り、志度の町中にある番外
霊場地蔵寺に寄りました。境内には石仏群がならんでい
ます。
同じ境内には、樹齢千年以上の夫婦柏も茂っています。
88番大窪寺に無事結願し、翌日は大坂峠から3番金泉
寺近くへと向かいます。
大窪寺そばの民宿八十窪を出て、国道377号を下りま
した。最初の集落、長野の三差路が近づいたあたりにあっ
た29丁石です。
明和4年(1767)の奉納ですから、もう240年も前の
ものになります。